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スベっる心理学38〜システムの穴の穴編〜(長編小説)
「美味しそうですね。いただきます」
詩織は、元気の振る舞いに応えるかのように、同じように明るく微笑んで言った。
「熱いので、フーフーしてから食べて下さい」
「はい。フーフー、フーでいってみますね」
「それじゃあボクは、フーフー、フー、フーで食べてみます」
二人は、ほぼ同時に口に運んだ。
「……美味しい!」
元気と詩織はシンクロした。
(詩織さんと息がぴったり合たって。よし、これからだって!)
元気は、詩織と同調したことにより、一度は見失いかけた自信ステーションを見失わずにすんだ。
詩織は一個食べ終えるとコップを手に取り、ストローでウーロン茶をすすった。
すると、元気も詩織からわずかに遅れて、たこ焼きを一個食べ終えると、同じようにコップを持って、ストローでコーラをすすった。
詩織がコップをテーブルの上に置いて、二個目のたこ焼きを食べ始めると、元気も少し遅れて同じ行動を取る。
(よし、いいタイミングだって。これは『ミラーリング効果』っていって、意中の人と同じ行動をとる。そうしていると、相手はこちらの好意に気が付いて、相手もこちらに好意を寄せるきっかけになる。例えば、憧れの先輩の服装をいつも真似して、同じ格好をし続ける。やがて先輩はこちらの好意に気が付いて、先輩のほうもオレに好意を持つようになる。そして、いつのまにか先輩のほうがオレの服装を真似するようになるんだって――)
「たこ焼きって、出てきてからすぐに食べると、すごく熱いと思うんですけど、ここのたこ焼きは熱すぎずに食べやすいです。それにとても美味しいです」
詩織はそう言うとコップを持って、ストローでウーロン茶をすすった。
「たこ焼きって、出てきてからすぐに食べると、すごく熱いと思うんですけど、ここのたこ焼きは熱すぎずに食べやすいです。それにとても美味しいです」
元気は、詩織と全く同じ台詞を口にすると、物真似するように、コップを持ってストローからコーラをすすった。
そう、忘れてはいけない、彼は“察せない男子”なのである。
「あの、真似するのやめてもらえませんか」
詩織はコップをテーブルの上に置くと、冗談半分のような口調で言った。
「あの、真似するのやめてもらえませんか」
元気は即座に反応して、詩織の真似を続ける。
詩織は、無言で残りのたこ焼きを食べ出した。
元気は一挙手一投足、寸分の狂いもないようになるよう心掛けて、詩織のコピー人間になりきる。
元気の猿真似ともいえる行為は、さらに精度を上げていく。
それに連動するかのように、場の雰囲気は険悪さを増していく。
彼は称号通りの“察せない男子”である。
詩織は、無言で残さずに食べ終えると、「美味しかったです」と小さな声でつぶやくように言った。
そして、ため息をついた。