スベっる心理学8〜出逢いは偶然に、隠し扉を開いたかの如く編〜(長編小説)
「おい、気がついてるかって?」
「気がついてるかって、どうかしたんですか?」
「あの観覧車、見てみろって。なんか懐かしくないか?」
「懐かしいって……あっ、キレイな夕焼けをバックに、なんか、ノスタルジックな雰囲気ですよね」
「ビンゴ! そろそろ行っちゃいますか」
「行っちゃいますか。最高のメリーゴーランド日和ですよ」
洋平は、長年連れ添った夫婦のように、元気の言いたいことを察した。
二人は、白馬に乗る王子様とはかけ離れた、“つまみ食いをして見つからないようにその場から離れる子供”みたいに、こそ泥のように足音をたてずに目的地へと向かった。
そして、本日最大のワクワクの前に到着した元気であったが、なにやら厳しい顔をしている。
「全然並んでないって――人気無いんだな」
「そ、そんなことありませんよ。あれですよ、あれ、高嶺の花ってやつですよ。みんな近よりがたいんですよ」
「そうか、そうだよな。可哀想に。いま乗ってやるからな」
二人は、短い列の最後尾に並んで静かに待った。
「……あの、すみません」
後ろから聞こえてきた女性の声は、明らかにこちら側に向いてのものだった。
「……」
二人は恐る恐る、ほぼ同時にゆっくりと後ろを振り返った。
そこには二人の女性の姿があった。
だが、元気にも洋平にも見覚えがない。
記憶を小学生辺りまで遡っていったが、何もつながらない。
一人は、大きなまるい瞳にキレイな黒髪のロングヘア。
清楚な雰囲気で、美人ピアニストといった感じである。
もう一人のほうは、切れ長の涼しげな瞳にショートカット。
ややボーイッシュな雰囲気で、背はあまり高くないが、女子バレー部のキャプテンといったイメージである。
「先程はありがとうございました」
キャプテン風の女性が笑顔で明るい口調でそう言うと、美人ピアニスト風の女性も、それに続いて控えめで上品な笑顔でおじぎをした。
「……あっ、先ほどレストランでご一緒した。そうですよ。声で思い出しました。ねぇ、坂本さん」
洋平は、美人二人が自分たちに話しかけてきたというよりは、クイズで正解したときのような喜びようで元気のほうを見た。
だが、どことなく、というよりは、明らかに元気の様子がおかしい。
ピアニスト風の女性の目を見たまま、ポスターの中の人物のように微動だにしない。
「ちょっと坂本さん、大丈夫ですか――石像さん」
「……おぉ」
洋平は、軽く元気の肩に手を置いて名前を呼びかけたが、何も反応はなく、なぜか“石像さん”の部分で元気は我に返った。