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スベっる心理学51〜河川敷は不思議スタンダード編〜(長編小説)

「お、おまえに何が分かるんだよ。はなせよ」

元気は反転すると、今度は胸ぐらをつかまれているようにして、えびぞりの格好をしてそう言った。

“劇団・坂本”の幕開けである。

「はなせよじゃねぇだろ! どうして黙っていたんだよ! なぁ!」

「何がだよ」

「何がだよだと。卒業したら東京に行っちまうらしいじゃねぇかよ。何でだよ。俺たちずっと一緒に、地元でバカやりながら、これからも二人でやって行こうって約束したじゃねぇかよ」

元気は胸ぐらをつかんでいるほうを演じて、涙ぐみながらそう言った。

「……夢だったんだよ。昔からの……世界一のギタリストになることが……」

元気はえびぞりのほうを演じて、目線を正面から外して涙を流している。

「わざわざ東京まで行かなくたって、地元から世界一のギタリストを目指せばいいんじゃねぇの! ネットから世界に向けて発信出来るじゃねぇかよ。なぁ!」

「……うるせぇ!」

元気はえびぞりの体勢から、つかまれている相手の両手を振り払う動作をした。

そして、相手の顔面めがけて、全力で右フックを一発かました。

元気は反転すると、尻もちをついて、右手で左側の頬をおさえた。

「いてぇなバカ野郎。俺から殴るところじゃねぇのかよ! 何でオマエから殴るんだよ! おかしいだろ!」

「うるせぇ!」

元気は叫ぶようにそう言うと、夢見るギタリストのほうを演じて、馬乗りの体勢になった。

「だから、何でオマエが上なんだよ!」

今度は地元愛のほうを演じて、仰向けの体勢から、両手で馬乗りになったギタリストを、勢いよく突き飛ばす動作をした。

「漫画じゃないですか」

洋平は、思わずそうツッコんだ。

元気は、それにはお構い無しに立ち上がった。

すると今度は声を荒らげながら、円を描くようにしてサイドにステップして、両手を振り回して殴り合いをしているように、一人二役を演じ始めた。

「うりゃぁ~! うりゃぁ~! うりゃぁ~! うりゃぁ~! うりゃぁ~! うりゃぁ~!」

元気は五周ほどすると息を切らしながら、芝生に大の字になった。

「吉沢も横で同じようにしてくれって」

「えっ、はっ、はい!」

洋平は言われたとおり、元気の横に同じように大の字になった。

「吉沢は上京するほうな」

「はい?」

「大丈夫だって。なりきれって」

「はい、やってみます」

洋平も役に入りきった。

残りわずかの高校生活、青春の真っただなか。

「オマエと殴り合いの喧嘩するの、何年ぶりだろうな……」

地元愛・坂本が言う。

「初めてじゃねぇの。オレ、殴り合いの喧嘩したことねぇし」

ギタリスト・吉沢が答える。

「そうだったな……いつから決めてたんだよ、上京するって」

「去年の今頃かな」

「何で黙ってたんだよ?」

「それは……」

「それ以上は何も言うな。さっきの殴り合いで、オマエの言いたいことは分かったつもりだ」

「サカモト……」

洋平は、元気の横顔を見る。



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