職業グセ~司会者編~(超短編小説)
私の名は山田純也(ヤマダ・ジュンヤ)、一週間後に五十二歳の誕生日を迎える。
私は、冠婚葬祭や宴会場での司会進行の仕事を、かれこれ三十年以上もの間続けている。
長い間この仕事を続けていることによるものなのか、三年ほど前から、ある“クセ”に悩まされている。
してはいけないと頭では分かっていても、筋肉が反射的に反応してしまうのである。
それでは、今からその“クセ”をお見せしましょう。
私は今、自宅近くのコンビニで買い物をしている。
妻の風邪がまだ完全には治っておらず、無理をさせてはいけないので、今日の夕食はコンビニの弁当にすることにした。
本当は、栄養満点の手料理を作ってあげて妻には元気を出してもらいたいのだが、悔しいけど、私は目玉焼きすらまともに作ることのできない料理オンチである。
生卵を割る力加減がいまいち分からず、中身をフライパンの上まで届けることが出来ないのである。
お恥ずかしい話はこれぐらいにしておいて、さっそくお弁当を二人分買って帰り、妻と一緒にいただくことにしよう。
私は買い物カゴの中にお弁当を二個と、野菜ジュースを二本入れて会計することにした。
もうすでに、恥ずかしさで顔が赤くなっているのが自分でも分かる。
二十歳前後と思われる女性の店員さんが、最初にお弁当をバーコードリーダーで読み取ると、直後に「お弁当は温めますか?」とマニュアル通りに尋ねてきた。
私は、“今日こそは絶対にしてたまるものか!”と強い意思をもって行動を自制しようとしたが……駄目みたいである。
私は動きをプログラムされたロボットのように、肩に掛けているカバンの中から、仕事道具である電池式のワイヤレスマイクを取り出すと、電源をオンにして一言、「お願いします」と答えた。
そう広くはない店内には、自慢の低音ボイスが虚しくこだました。