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スベっる心理学58〜“坂本テクニカル・心理学メソッド”、不死鳥の如く編〜(長編小説)


詩織との待ち合わせの時刻のちょうど五時間前、セットしておいたスマートフォンのアラーム音が鳴り、元気は目を覚ました。

元気は布団から出て灯りを点けると、用を足して座布団の上にあぐらをかいた。

(……静かだって)

元気は立ち上がると、探偵が気付かれないないよう、外の様子をうかがうように、カーテンの端っこを少しだめくった。

「……世界が眠ってるって」

元気はそうつぶやくと、笑みを浮かべながらカーテンを手から放した。

そして、布団に戻るとスマートフォンのアラームの時刻をセットし直して、再び眠りについた。

それから約一時間後、先ほどと同じアラーム音が鳴り響き、元気は目を覚ました。

「――ピッ、ピロ〜ン」

元気は布団の上から、先ほど探偵めくりをしたカーテンの端っこに向かって、魔法使いが呪文を唱えるかのようにして言った。

――しかし、何も起こらなかった。

「……ピッ、ピロ〜ン!」

今度はより大きな声で唱えたが、起きてから間もないためか、全ての音色がかすれてしまった。

(……ダメか)

マジックポイントが不足しているためか、カーテンがめくれることはなかった。

元気は部屋の灯りを点けると、布団の上であぐらをかいて、枕元に置いてある、「坂本テクニカル・心理学メソッド」の書かれたノートを手に取った。

再度、本日のシュミレーションをしながら内容を確認していく。

シュミレーションを終えてノートを閉じると、元気は立ち上がって、台所に行って冷蔵庫の扉を開けた。

中から昨日スーパーの惣菜コーナーで購入した、透明のフードパックに入った赤飯を一箱取り出した。

それを、食事をするテーブルの左上に置くと、再び冷蔵庫へと向かい、中から同じく惣菜コーナーで購入した天丼に、ペットボトルの炭酸飲料を取り出して食卓の上に置いた。

元気は座布団の上に正座をすると、赤飯に向かって一礼してから天丼を食べ始めた。

食べ終えると、再び未開封の赤飯に会釈をして、「本日はよろしくお願いします」と言うと、冷蔵庫の中に戻した。

どうやら、お守りのような位置づけであったようである。

元気は服装以外の身支度を済ませると、部屋の収納スペースの扉を開いた。

(――「メラビアンの法則」再び。人はなんだかんだいっても外見は重要なんだって。マントを羽織ってアルバイトの面接に行っても追い返されるだけだろ。……えっと、これとこれで間違いないって)

元気は着ていく服装を決めると、中から取り出した。

そして油性ペンを手に取ると、ひとつのアイテムに文字を書き込んだ。

元気は勝負服を身にまとうと、コップに注いだ麦茶を一気に飲み干した。

「よし、いつもの味だって。さぁ行きますか」

元気はそう言うと家を出て、一ヶ月、食費を節約して貯めたお金で、バスではなくタクシーで現地に向かった。

水族館本館の入口横のタクシー乗り場に到着すると、元気は運転手の男性に領収書の発行を依頼した。

運転手の男性から宛名を尋ねられると、「勇者、いえ、杖を無くした魔法使いでお願いします」と言った。

「――杖が無くたって、呪文を唱えれば魔法は使えるんじゃないですか?」

運転手の男性がそう尋ねると、元気は右の前腕部分で自分の顔を隠して、面倒くさそうな顔をした。

元気は前腕を膝元に戻すと、「普通に魔法使いでお願いします」と、爽やかな営業マン風に言った。

「えっと、“普通に魔法使い”と、……はい、お待たせしました」

元気は支払いを済ませて、運転手の男性から領収書を受け取ると、「やった、“普通に魔法使い”の領収書だって」と言い残して車を降りた。

約束の時間の、約十分前の到着であった。

そして待ち合わせ場所である、水族館の入口から三十メートルほど離れた、バス停に隣接するベンチのほうに目を向けた。

詩織はすでに到着しており、ベンチに腰をおろして、スマートフォンを操作している。

その様子を確認した元気は、急いで詩織のもとに駆け寄るのかと思いきや、少し離れた、タクシー乗り場の近くに設置してあるベンチに座って、様子をうかがっている。

待ち合わせの時間まで残り三分を切っても、元気は座ったまま、その場から動こうとはしない。

そして、とうとう約束の時間を経過してしまった。

元気は、手に持っているスマートフォンでその事を確認すると、スマホをズボンのポケットにしまうと立ち上がった。

詩織は、スマートフォンをショルダーバッグの中にしまうと、辺りを見回した。

そして、二十メートルほど離れた位置から、こちらに向かって歩いて来る元気と目が合った。

詩織は立ち上がると、その場に立ったまま、軽く首を縦に振って会釈した。

それに気が付いた元気は、右の手のひらを顔の高さまで上げて詩織のほうに向けると、「オッス」と、彼女までは届かない声で言って挨拶をした。

元気は悪びれる様子もなく、歩いて詩織のいる所に向かう。

(これでいいんだって。「坂本テクニカル・心理学メソッド」、本日のオープニングを飾るテクニックは『希少性の法則』。このテクニックは、人は簡単に手に入るモノにはありがたみを感じづらい。対して、なかなか手に入れることの出来ない数が少ないモノに、人は価値を見出して魅力を感じやすい。例えば、量産型のブランド物のバッグと、母ちゃんの手作りの、世界でたったひとつの、縫い目がガタガタの布製のトートバッグ。自分たちがおじいさんおばあさんになった時、部屋の整理をしていて押し入れの奥のほうから出てきた時、どちらのほうに感動するのかっていうことだって。詩織さんほどの女性だったら、きっと待ち合わせで遅刻されたことなんてないって。男なら一時間前には到着しているに決まっているって。詩織さんにとってオレは、人類初の遅刻びと。レアキャラなんだって)

元気は詩織の前に来ると、「お待たせしました」と満面の笑顔で言うと、右手を差し出して握手を求める動作をした。



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