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スベっる心理学37〜システムの穴の穴編〜(長編小説)
「すみません、唐突すぎですよね。では、結婚して頂けませんか?」
「はい?――どうしたんですか、いきなりそんなこと言ったりして」
詩織は、これも冗談だと思ったのか、同じ微笑みのまま元気の問いかけに、軽く受け流すように答えた。
しかし元気は動揺することなく、余裕の眼差しのまま詩織から目をそらさない。
(実は実は、こちらもフェイクでした。よし、つぎで決めるって!)
元気の表情が余裕の笑顔から、神経質な友達からディスク版のゲームソフトを借りて、ソフトを傷つけないように慎重に取り扱う時のような、真剣なというよりは、慎重な表情へと変わった。
「いきなり話のスケールが大きすぎましたね。驚かせてしまってすみませんでした。――ではボクと付き合ってください!」
元気は言い終えると、顔を下げて詩織を見ないようにして、右手を差し出して承諾の握手を求めた。
(来るって、来るって、来るって――)
言い終えてから十秒ほどが経過した。
元気が期待してその時を待っていると、願いが現実となった。
(ビンゴ!)
詩織は、目の前にある元気の手を両手で包み込むようにして優しく握った。
元気は詩織が言葉を発する前に、顔を上げるべきか迷っている。
「坂本さん、顔を上げてください」
元気は、詩織が話し出す前から顔を上げようともしていたので、彼女が言い終えるのと同時ぐらいに顔を上げた。
「えっ」
詩織は、元気の早すぎる反応に驚いたのか、思わず声を上げた。
詩織は、気を取り直したように元気と目を合わせた。
「冗談で言っているんですよね?」
「冗談なんかじゃありません、百パーセント本気ですって!」
「……ごめんなさい」
詩織は真面目な顔でそう言うと、握っていた手を離してもとの位置に戻した。
「……」
これから長い沈黙が訪れるという流れだと思うのだが、タイミングが良いのか悪いのか、たこ焼きを載せたトレーを手に持った男性店員が、二人が座る席の前に来た。
元気が手を出したままでいると、「熱いのでお気をつけ下さい」と男性店員は、たこ焼きの載った長角皿を手渡そうとした。
それに対して元気は、「違います、この手はそういう意味の手ではないんです」と言って、慌てて伸ばしていた手を引っ込めた。
男性店員は少し恥ずかしそうにして、二人が注文したメニューをテーブルの上に置くと、一礼してから厨房に戻った。
再び二人になると、詩織は気まずそうな顔をしている。
元気は、いじけた表情で下を向いてしまった。
(通用してないって。どうなってるんだよ。「坂本テクニカル・心理学メソッド」が通用してないって。……いや、そんなはずはない。ヒーローはどんなにピンチに陥っても、必ず最後は逆転勝ちするものなんだって)
元気は「坂本テクニカル・心理学メソッド」を信じると、再度、顔を上げた。
「これが美味しんですよ。食べますか。いただきます!」
元気は、何事もなかったように笑顔で言った。