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スベっる心理学47〜河川敷は不思議スタンダード編〜(長編小説)
「タコさんに顔なんかつけるからいけないんじゃないか」
確かに大人の男性の声である。
「どうかしましたか?」
父親であろう男性が、元気と洋平が自分たちを見ていることに気が付いてそう尋ねると、母親であろう女性と、息子であろう男の子も二人のほうを見た。
「いえ、そのぉ……」
洋平は、見ず知らずの人からの突然のフリに驚いたのか、しどろもどろである。
「お父さん、奥さんとタコさんウインナー、どちらがタイプですか?」
元気は動じる素振りも見せずに、司会者のような言い回しで尋ねた。
「そうですねぇ、美人なのは奥さんですけど、タイプなのは、どちらかと言えばタコさんウインナーのほうといった所ですかね」
父親は、真顔で真剣な口調で元気の問いにそう答えた。
「あなた! それはどういうことなの!」
母親は、父親の発言を冗談だとは受けとっていないらしく、もの凄い剣幕である。
「そんなに怒るなよ。メグミの努力が足りないだけのことだろう。頑張ればいいんだよ、頑張れば」
父親がそう言い終えたのと同時に、洋平は「申し訳ありません! 失礼しました!」と頭を下げた。
そして、元気の服の袖をつかむと「行きましょう」と言って、その場を逃げ出すように走り出した。
「なんで行くんだって!」
元気は不満げにそう言いながらも、洋平の後を追って走り続けた。
家族の姿が見えなくなった所まで来ると、二人は立ち止まって、苦しそうに肩で息をしていた。
「なんで逃げるんだって。これからおもしろくなりそうだったのに」
「まずいですよ。ボクたちが夫婦喧嘩のきっかけを作ってしまったようなものなんですから」
「別に逃げたからって、今頃ケンカの真っ最中だって」
「それはそうかもしれないですけど……だけど、ケンカなんて見ないに越したことはありません」
洋平は、一見すると正義感ある発言をしているようであるが、無責任なだけであると思われる。
「まぁ、もう夫婦喧嘩は始まってしまったんだし、今更どうすることも出来ないって。忘れようぜ」
「はい、しかたないですよね」
無責任コンビである。
「しかし、あの父親なかなかだって」
「奥さんと男の子は、常識的な考え方をしているみたいでしたけどね。夫婦の馴れ初めなんか気になりますよね」
「きっとあれだって。海外旅行している時に知り合ったんだって。お互いに一人旅で、奥さんが言葉も通じずに不安な時に、あのご主人が声をかけた」
「ナンパですか?」
「違うと思う。あの父親のことだから、きっと、『プラモデルを作るのが趣味でして、外国で作ると、また違ったモノに仕上がるんじゃないかと思いまして』とか言って声をかけたんだって」
「同じモノはどこで作ろうが同じモノに仕上がるんですけどね。その一言からどのようにして結婚にまで行き着いたんですか?」
「奥さんは一人旅で不安だったんだって。そんな時にご主人の謎な一言が頼もしく思えた。もうイチコロだって」