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スベっる心理学61〜“坂本テクニカル・心理学メソッド”、不死鳥の如く〜(長編小説)


薄暗い中を抜けて元気は時間を確認すると、次は「イルカショー」の行われる会場に向かった。

到着すると、二人は席に座ってショーが始まるのを待った。

「――桜井さん、ちょっといいですか?」

「はい、どうかしましたか?」

「席を替わっていただきたいんですが」

「いいですよ」

元気は詩織の承諾を得ると、座る位置を左右に入れ替わった。

日本車であれば、詩織が運転席で元気が助手席の位置である。

(――これは『人の顔は左右非対称であり、右側と左側で相手に与える印象が違う』といったテクニック。大抵の人は顔の左右が非対称であり、顔の右側は勇ましく、左側は優しいイメージを相手に与える傾向があるんだって。例えば、昔ながらの駄菓子屋でお菓子を買って会計をする時のことを思い浮かべてみる。購入したい商品の会計をする時、駄菓子屋のおばちゃんが電卓を使って計算を始めたとする。この時に、ふと真剣に計算をしているおばちゃんの横顔を見てみたくなった。まず左側に移動しておばちゃんの右の横顔を見て見るんだって。するとどうだろう、心なしか勇ましく力強い表情で計算をしているように見える。電卓で計算をしているはずなのに、まるでレジスターを使用して、商品のバーコードをピピッとしているようではありませんか。次に反対側の、おばちゃんの左の横顔を見てみるんだって。するとどうだろう。先ほどとは違って優しいおばちゃんのように感じる。電卓を打っているはずなのに、まるでソロバンを弾いているような、世話好きなおばちゃんといったイメージだって。オレがいま詩織さんの左側に座っているのは、自分の右側の横顔を見せて、詩織さんに強い男をアピールしたい――っていうよりは、ただ単にオレが詩織さんの、左側の優しい横顔を見ていたいだけなんだって)

元気は、さっそく詩織の横顔をチラリと見てみようとしたが、顔が詩織のほうを向いたまま止まってしまって、チラ見のつもりがガン見になってしまった。

詩織の横顔が髪の毛で隠れてしまって、よく見えなかったためである。

数分後、会場にアナウンスが流れて、いよいよ「イルカショー」の始まりである。

「……すご〜い! 三頭の動きがピッタリとそろっていますよ。どうやったらこんなにシンクロ出来るんですかね」

詩織は、三頭のイルカの精密で芸術的なパフォーマンスに、心底、感心をしているようにして見入っているようである。

「桜井さんも、自動車のウィンカーが同じリズムで点滅するように、毎日、規則正しい生活を送っているんじゃないんですか?」

「言われてみれば、確かに休日の過ごしかたは、その週によってまちまちですけど、仕事のある日は、毎日、同じような生活を送っているような気がします」

(――よし、今から使用するテクニックは、『バーナム効果』と呼ばれるもの。これは、相手の性格や考え方など、少なからず誰にでも当てはまるようなことを、「あなたにはそういった所がありますね」といったような指摘をすると、それを受けた相手は、「あの人、私のことを分かってくれているんだわ」と思い、こちらのことを信頼するようになるというテクニック。例えば、男なら少年の頃、戦隊ものヒーローに憧れた人は多いはずだって。その頃の変身願望は、大人になっても意識せずとも、心の奥底に宿っているものだって。一人でふらっと焼肉屋に行ったとする。すると、出入口から見えるところに、会社では一匹狼タイプである男性の上司が、一人焼肉を堪能していた。そこで上司の目の前に行って、こう言ってみるんだって。「レッドさん、本当は一人などではなく、仲間と賑やかに会話を楽しみながら食べたいと思っていますね。わたくしピンクがお供いたします」といったように。すると上司は、「おまえにはオレの気持ちが分かるんだな。よし、座れ、今日はオレのおごりだ」てな具合になるんだって。詩織さん、ボクにはあなたの考えていることなど分からないけれど、分かっていますよ)

元気は、“バーナムボタンの連射”で詩織のハートを射抜けるか。


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