見出し画像

スベっる心理学42〜システムの穴の穴編〜(長編小説)

「それでは、宇宙をイメージしてくださ~い」

「宇宙ですか、分かりました。……はい、宇宙のイメージが出来ましたよ」

「そうか。では、地球に降りて来てくださ~い」

元気は、催眠術師気取りである。

「……はい、いま大気圏に突入しましたよ」

「そのまま地上に向かってくださ~い」

「……はい、陸地が見えて来ましたよ」

「そのまま降りて来て~、降りて来て~。一番初めに何が見えますか~」

「えっと……“河川敷”が見えて来ました」

「ビンゴ!」

元気が宇宙に向けてかのような大声で決まり台詞を叫ぶと、洋平は驚いたのか、思わず閉じていた目を開いた。

「勘弁してくださいよ、近所迷惑になるからやめてくださいって」

「悪かった、ごめんな」

表情は、全然申し訳なさそうでない。

「たいしたことは言っていないと思いますけど、いったいどこでそんなに興奮したんですか?」

「たいしたことを言ったんだって。眠ってて気がつかなかっただけで。“河川敷”だって」

「“カセンシキ”ですか?」

「そうだって。吉沢、来週からしばらくの間、日曜日は予定を空けておいてくれないか?」

「はい、ボクなら全然構いませんよ」

どれだけヒマ人なのだ、というような即答ぶりである。

「よし、決まりだって。来週の日曜からは“萌え川”にあるテニスコートの近くに集合な」

「分かりました。気晴らしにテニスでもやるんですね」

「違うって。なんで休日に疲れなきゃいけないんだよ。ちょっと前に流行った“自分探しの旅”だって」

「“自分探しの旅”。近くの河川敷にですか?」

「オレにきくなって。吉沢が言い出したことなんだからな」

「そうでしたね。来週からの萌え川周辺での自分探しの旅、色々なことを、しっかりと学んでくださいね」

洋平は、涼しげな笑顔で言った。

どうやらこの男、まだ催眠状態から抜け出せていないようである。

「それじゃ、来週の日曜からよろしくな」

元気はそう言うと席を立って、玄関に向かって歩き出した。

「もう帰っちゃうんですか?」

「さみしいか?」

「さみしいです」

「そうかそうか」

元気は満足げな顔である。

「それじゃあ帰るな」

「そうですか。お疲れ様でした」

「あっ、忘れてた。――ハイッ!」

元気はそう言うと、洋平の顔の前で一度手を叩いた。

「それじゃあな」

元気は玄関のドアを開いて、吉沢宅を後にした。

「――あれ? なにかおかしいぞ」

洋平は、我に返ったみたいである。




いいなと思ったら応援しよう!