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スベっる心理学31〜システムの穴の穴編〜(長編小説)
「――はい?」
効果てきめん、詩織は元気の動くメガネに目を凝らしていたため、発言の内容が耳に入って来なかったようである。
「あの、普通に話してほしいです。その話し方、どう考えてもおかしいと思います」
「すっ、すみません!」
元気は、慌ててメガネを止めて謝った。
「あの、ボクの服装、気になりますか?」
元気は態度を改めて、再度たずねた。
「はい、すごく気になります」
「どの辺りが気になりますか?」
「中に着てる黄色のジャージは、ラフな服装で公園にはピッタリだと思います。でもその上に着ている白衣がすごく気になります。そういったお仕事をされているんですか?」
「いえ、仕事で白衣を着ることなんてありません。正直にお願いします。ボクのこの服装どうですか?」
「そうですねぇ……ごめんなさい! すごく変だと思います!」
「……」
元気は、詩織からの“すごく変です”をすぐには意味として変換することが出来ずに、無表情で彼女の顔を見ている。
「……」
元気は黙ったままであったが、少し遅れて言葉の意味を理解すると目を大きく見開いて、“落花生の殻を剥いたら中身がボタン電池でした”ぐらい、詩織が言ったワードを飲み込めないでいた。
「……変! 変! 変! 変! 変! 変! 変身! ハッ! ハッ! ハッ! ハァ!」
元気は、動揺の表情を隠せないままそう言うと、肩に掛けていたショルダーバッグを地面に置いて、慌てて着ていた白衣を脱いでバッグの中にしまった。
「桜井さんの口から“変です”が出るの待っていました。やっと脱げましたよ。来るとき恥ずかしかったんですから」
元気は、動揺した顔のままそう言った。
「わざと白衣を着て来たんですか。私が“変だ”って言うのが分かっていて」
詩織は、声を出して笑いながらそう言った。
「イエローバナナ! ハァ!」
元気はヒーローが変身した後に、自分の名前を叫ぶ時のような感じで言った。
詩織は周囲の目が気になったのか、先ほどよりも声のボリュームを抑えて笑い続けた。
(予定してたのとは違うけど、まぁ、結果オーライだって)
「坂本テクニカル・心理学メソッド」は、元気が思っていた展開とは百八十度違う形となってしまったが、結果的に詩織が喜んでくれていることに、彼は安堵した。
「昼まではもう少し時間がありますけど、お腹は空いてませんか?」
「朝食は食べてきましたから、まだそんなにお腹は空いてないです。坂本さんはどうですか?」
「ボクもそんなにお腹は空いてません。それでしたら、先にボートに乗りませんか? ちょうど乗り終えた頃には、時間もお昼時になっていると思いますし」
「そうしますか。楽しみです。こう見えても私、毎日、ボートで会社に通勤したり、買い物に行ったりしているんですよ」
「え?」
「冗談です。あそこが受付ですよね。行きましょうか」
「行きますか」
詩織は、元気に釣られておかしなことを言ったのであろうが、元気はそれに気づかずに、少し戸惑いながら歩き出した。