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スベっる心理学29〜システムの穴の穴編〜(長編小説)
詩織との待ち合わせの時刻は午前十一時。
その七時間前の午前四時、外が目を覚ますよりも先に、友が約束の時間に、元気を夢の中から現実に戻るように呼びかける。
しかし元気は、“友よ、今日はキミと会う約束なんかしてないって。勘弁してくれって、こんなに朝早く……って、まだ夜じゃないか”とでも言いたげな手で友を持つと、親指で友の頭に軽く触れる。
友は照れてしまったのか、押し黙ってしまった。
元気は、友をもと居た場所に戻すと再び眠りについた。
五分後、友は空気を読めないのか、先ほどと全く同じ口ぶりで元気に呼び掛ける。
元気も同じ時を何度も繰り返すかのように、先程と同じリズムで友を持ち、頭に触れるともと居た位置に戻した。
幾度も幾度も、それは、とある一ヶ所の信号機のように、同じペースで同じことをひたすら繰り返す。
その繰り返し繰り返し……。
友は幾度となく挑戦し続けているうちに、ふと思った。
『坂本、気持ち良さそうだな。いいな、いいな』
そして友は元気のそばで、見よう見まねで行動を共にしてしまった。
それから、どれくらいの時間が経過したであろうか。
外はとっくに目を覚ましている。
(……緊張して、よく眠れなかったみたいだって。まだ四時前か、今日の天気でも確認しますか)
元気は、布団の中から手を出してスマートフォンを取ると、天気予報のサイトを見た。
(……今日の天気は、晴れときどき曇りか。九時から十二時の間が晴れで。ん? 九時から……)
元気は、恐る恐る画面の右上に目を移した。
「ちょっと待ってくれって!」
元気は慌てて布団から飛び出すと、まずは布団を畳んだ。
(落ち着けって。いま九時二十分で、待ち合わせが十一時。十時二十分に家を出でばいいから……なんだ、余裕だって。四時に起きるとか張り切りすぎだって)
元気はいま自分の置かれている状況が、たいした危機ではないということに気が付くと、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出して、座布団の上にあぐらをかいて飲み始めた。
(――昨日までに編集したこの「坂本テクニカル・心理学メソッド」があれば、今日は大成功まちがいなしだって。詩織さん、悪く思わないでくださいよ。恨むならオレじゃなくて、“坂本テクニカル学園・心理学科”のほうに問い合わせて下さいよ)
元気は目の前のテーブルに置いてある、一週間徹夜で書き込んだポケットサイズのメモ帳を見ながら、自信に満ちていた。
コーヒーを飲み終えると、朝食を摂るには中途半端な時間ということもあり、昼食は詩織の前で男らしく食べようと、軽めにバナナニ本で済ませた。