
Photo by
tomekantyou1
スベっる心理学56〜河川敷は不思議スタンダード編〜(長編小説)
「ゲンくん、母さんのことをババァ呼ばわりして、それでいいとでも思ってるの。謝りなさい」
多恵子は恥ずかしさを隠したいためなのか、無理矢理に怒り出したような様子であった。
「何言い出すんだって。息子のことをイヌ呼ばわりする、母ちゃんのほうがどうかしているって」
「……」
多恵子は何も言い返さない。
「分かってくれたんだったらもういいって。母ちゃん、オレは怒ってなんかいないよ」
「……ゲンくん、親をババァ呼ばわりした上に、さらに追い詰めるようなことを言うなんて、ここで少し反省してなさい。ゲンタク行くよ」
多恵子はそう言うとベンチから立ち上がって、ゲンタクに外していたリードを取り付けて帰り支度を始めた。
「ちょっと母ちゃん、絶対おかしいって」
「しばらくここに座って反省してなさい。母さん傷ついたんだから」
「しばらくってどのくらいだって?」
「そうね、一時間、いえ、五分よ」
「たった五分でいいのかよ」
「それじゃあね。母さんたちは帰るわよ」
多恵子はそう言うと、元気に背を向けて歩き出した。
元気はベンチに座ったまま上半身をひねって、多恵子とゲンタクの後ろ姿を黙って見ている。
そして、多恵子とゲンタクは二メートルほど進んでから立ち止まると、母は元気のほうに体を反転させた。
「なんだよ、まだ近いって」
元気は、多恵子に聞こえないようにボソリと言った。
「そうそう、さっきのはワンワンジョークだよ。ゲンくんは母さんの大事な息子だよ、イヌではないよ。ワンワン」
多恵子は思いやりのある口調でそう言うと、再び元気に背を向けて歩き出した。
「最後のワンワンってなんだよ……カァチュアァン」
元気は、正面を向いて多恵子に聞こえないように文句を言うと、最後は声をひそめて泣き出した。