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スベっる心理学55〜河川敷は不思議スタンダード編〜(長編小説)
そして、その場で腕を組むと、スクワットではなく空気椅子のポーズをとった。
「ふん、ふん、ふん、ふん、ふん、ふん、ふん、ふん、ふん、ふん」
元気は、太ももをプルプルとさせながらそう唱えた。
するとゲンタクは、元気の周りを一周して立ち止まると、多恵子のほうを見つめてお尻からフンを落とした。
「ビンゴ!」
元気は空気椅子の姿勢を解除して、ゲンタクの落としたモノを両手の人差し指で示すと、決め台詞を叫ぶようにして言った。
「……何がビンゴなの?」
多恵子が尋ねる。
「見たかい、母ちゃん。いまゲンタクはウンチをしたかったんだよ。オレには分かっていたの。それでこんなポーズをとってみたんだって」
元気は恥ずかしそうな表情を浮かべながらも、誇らしげな口調であった。
「ウソは言わないの! ゲンくんがあんな格好をしているから、ゲンタクがつられてしたんじゃないの。ゲンタクはオモチャじゃないの人間なの!」
多恵子はご立腹なのか、少し口調が乱れている。
「……」
元気は、何も言い返せずに黙り込んでしまった。
それは、母親がヒステリック気味なことに対してではなく、多恵子が口にした、“オモチャじゃないの人間なのよ”という所が引っかかり、考え込んでしまっているためである。
「ゲンくんごめんね。ちょっと言い過ぎたよ。反省してくれているんだったら、もう怒ったりはしないよ」
どうやら多恵子は、元気が黙り込んでしまっている理由をはき違えてしまっているようである。
だが、元気には多恵子の謝罪の気持ちが届いていない。
「母ちゃん、やっぱりおかしいって。ゲンタクはオモチャじゃないけど人間でもないって。“イヌ”だって」
「なんですって! ゲンタクがイヌだっていうの!」
再び、多恵子は興奮した口調になった。
「イヌじゃなきゃ、なんなんだよ」
「ゲンくん、失礼なこと言わないで!」
「母ちゃん、よく見てみろって。ほら、オレとゲンタクを交互に見てごらん」
元気は、あきれつつも優しい口調で言った。
多恵子は素直に、元気に言われた通りに息子とゲンタク、交互に目をやった。
「母ちゃん、分かっただろ。それじゃあ確認するよ」
元気の、カウンセラーのような優しい口調は続く。
「さぁ、ゲンタクは何者かな?」
「“人間”です」
多恵子は速答である。
「母ちゃん、どうしちゃったんだって……じゃあ、オレ、ゲンくんは何者かな?」
「……イヌです」
「ババァ、わざとだろ。そう言えばおもしろいと思ったんだろ。今の間はなんだって」
元気がそう言うと、図星だったのか、多恵子は心なしか照れくさそうな表情をしている。