嬉しくない昼寝時間
僕が通った保育園は、大きなお寺の中にあった。
昭和40年代が終わろうとしている頃だ。
2年間通ったのだが、年中クラスのとき、毎日お昼寝の時間があった。
給食が終わった午後、1時間程度、みんな揃って眠るのだ。
この時間が、5歳の僕にはとにかく苦痛だった。
昼間にいきなり寝ろと言われても、そんなすぐに眠れるわけないだろう。当時の僕はそう思っていた。
しかも教室で椅子に座ったまま、机に突っ伏して寝るのだ。
そんなの無理に決まってる。当時の僕は、何度も何度もそう思っていた。
「はい、みんなあ、お昼寝の時間ですよお」
洋子先生の声にしたがって、クラスのみんなが一斉に机に突っ伏す。
僕には拷問の時間の幕開けだ。
5分もしないうちに、みんな寝息を立てて、すやすやと眠り始める。
おいおい、嘘だろ。なんでそんな速攻で眠れるんだよ。
僕は机に突っ伏しながら、ますます覚醒してくる意識を持て余し、いつも苦しんでいた。
早く終わってくれ、この苦痛の時間が、と。
そんな状態で、大人しくいられるわけはない。僕はいつも机に突っ伏しながら、もじもじと体を動かし続けていた。
45分くらい過ぎた時、洋子先生が静かにオルガンを引き始める。
目覚めの音楽だ。
僕にはこれがもう、天使が奏でる最上の音楽に聞こえた。
やっと解放される!
僕は、いの一番に顔をあげる。
みんなはまだ眠り続けている。なぜそんな簡単に昼寝が出来るのか、本当に不思議でならなかった。
ある夏の日、午後にまた昼寝の時間がやってきた。
こんな蒸し暑い午後に、眠れるわけなんかない。その日はいつも以上にプレッシャーを感じていた。
「はい、お昼寝の時間よお」
皆はまたすやすやと寝息を立て、夢の世界に入っていく。
現実に一人取り残された僕は、机に突っ伏したまま、苦しみ始めた。
早く時間が経ちますように・・・・
だが時間は暑さに屈服するように、進むことを放棄し、僕を追い込んでいった。
僕は机に座ったまま、何度も苦しげにうめいた。
20分ほど過ぎた頃だろうか。限界に来た僕は、もう立ち上がってどこかに走り去ってやろうかと思った。
その時だった。
「眠れないの?」
洋子先生が僕の肩に手を置いて、そうささやいた。
「うん」
僕は小さくうなずいた。
「こっちにいらっしゃい」
僕は洋子先生に導かれ、教室を出た。
僕のクラスの部屋は2階にあった。その建物のすぐ隣にはお寺の本堂があり、広い畳敷きの空間が広がっていた。
どういうわけか知らないが、隣のうめ組はいつも教室ではなく、この本堂で横になって昼寝をしていた。
「今日はここで寝なさい」
洋子先生は、うめ組の連中が寝ているそばに空いている畳を示し、そこに僕を横にした。
ここに来たって一緒なんだよな・・・・・
僕はそう思ったが、仕方なく横になって目を閉じた。
だが、その次の記憶は、それからおよそ30分後だった。
「おい、なんでそこで寝とるんだ!」
「卑怯だぞ!」
階段の上から、同じクラスの連中が、本堂にいる僕を見つけて、口々にそう叫んでいる。
あれっ、俺はなんでここにいるんだ・・・
一瞬、僕は自分がどこにいるかわからなかった。
なんと、僕は昼寝の時間で、ついに眠ることができたのだ。
「寝れんかったんだて!」
僕はそう答えながら、階段を駆け上がった。
階段の上で、洋子先生が笑って立っていた。