同じことに何度も繰り返し思考が戻って、ループする事がある。

ループすることは、ある意味無意識でやって心地よいことでもある。

心地よいのか、抜け出したいのか分からないで、結局そこに留まる。

人には所属して安心するというゾーンがあるらしい。そのゾーンが家族、友人、学校、会社と広がって行くんだろう。そしてその安心していられるゾーンが見つからない時、またはそこにいることに安心感を抱けない場合、別の安心ゾーンを見つけたくなる。

自分の存在を許すとか、認めるというのは、同時に安心ゾーンにいると言う事と同じような気がしてきた。実際自分と他人の区別など無いに等しいのがその安心ゾーン。

自分のことを否定しない事と、他人を否定しない事というのは同じで、ついつい自分に厳しくすると同時に自己否定をしてしまう。

本当に一週間にたくさんの曲を練習して来る小さな生徒がいる。ベストを尽くしてやってきてくれるのだが、もちろん「こうした方がいいな」と思うところはたくさんある。アドバイスをすれば、スポンジのように汲み取り、すぐ出すことができる。

私は伝えられる事がたくさんあるから嬉しいが、その小さな生徒はあまり嬉しそうではない。一緒について来たお父さんが「彼は家で練習しているときの方が上手くできるから、満足していない」と言うではないか。そんな視点でレッスン受けているんだ、、、とびっくり。まだ7歳くらいだ。

マスクしているから、表情がそこまで読めない。

あんなに頑張って上手になってきていても、満足出来ないなんて。。。まだ一緒にレッスン始めて半年もたっていないから、性格を読み切れない。

帰り際に伝えることにした。「私は、今日のレッスンとあなたの成長に満足しているよ。もちろんあなたのベストはこんなもんじゃない、、、というのもわかっているし、伸び代はたくさんあるし、あなたのベストを出すためにまだまだ勉強が必要だとわかっているけど、先週のあなたより今日のあなたの方が成長してる。来た時より帰る時のほうが成長している。だから満足している」

かつて、自分のベストを出せないということで、悔し涙を流している生徒たちを沢山見ている。悔し泣きをする、それを我慢できるくらい感情をコントロールできるが、実は心で悔し泣きをしている。そこで自分の心を折ってしまったら、せっかくの才能も花開かせる事はない。

レッスンで、言いたいことを言うのは簡単だ。こうやったら良くなる、、、と経験上はある程度は想定できるから教える仕事ができるわけだが、それよりも実際長く続けるためには、相手を安心ゾーンに入れるようにしなくてはならない。

信用と信頼。信用は紹介をしてもらった時に既に過去の経験、経歴からもらっていても、信頼関係は別。信頼は日々のやり取りから生まれる。築ければ、安心ゾーンも生まれる。

「出来るのが当たり前」、、、から、「できない事が当たり前」になれば、ジレンマは拭いされる。ただ、解決策を探すのみ。(それが経験と練習だけど)

ティーンの娘がよく言う。「Don't Judge Me!」教える立場にいる時間が長いし、親という立場で、つい上から目線で言ってしまう時に言われて、我に帰る。

普段から「私にはこう聞こえる」「私はこう思う」という言い方と、「こうした方がいいと思う」という言い方、それから「伝統的な傾向としてはこうする」と第三者のことなを借りる言い方を使い分ける。そしてジワジワと、自分の価値観を注入(洗脳?)する。

日々の成長を楽しめる人にとっては、音楽は最高のツールだ。








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