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クラシック音楽 無観客公演と動画配信の3日間

2020年3月、最初の週末。クラシック音楽界隈にとって、大きなライブ配信がありました。配信をしていたのは、この3つの団体。

・神奈川フィルハーモニー管弦楽団
・びわ湖ホールプロデュースオペラ
・東京交響楽団&ミューザ川崎

3月6日から8日までの3日間、何が起きていたのでしょうか。ひとりのクラシック音楽に想いを寄せるものとして、思ったことなどをここに書かせてください。


神奈川フィルハーモニー管弦楽団

神奈川フィルハーモニー管弦楽団では、3月6日(金)、7日(土)に行う予定だった定期演奏会が中止に。

公演中止が知らされて1週間後の3月4日、ファンも喜ぶ発表がありました。その内容は、予定されたプログラムを一部変更し、事前に無観客で収録、開演予定時刻にYouTubeで公開するというもの。

動画は「デリバリー・コンサート」と名付けられ、開演時刻さながらのカウントダウンを経て公開されました。

公開から2日が経過した3月8日現在、該当の動画の再生回数は7,845 回。定期演奏会が予定されていた横浜みなとみら大ホールの席数は2,020席、すでに土日2回公演では収まらないほど、視聴されているということですよね。


びわ湖ホールプロデュースオペラ

びわ湖ホールでは2017年から、ワーグナーの大作オペラ『ニーベルングの指環』全4作を4年かけて上演してきました。その最後の1本『神々の黄昏』はこの3月に上演が予定されていましたが、こちらも中止・払い戻しとなりました。

ところがこちらも3月4日(水)に大きな発表が。予定されていた3月7日(土)8日(日)に無観客で上演し、その様子を無料ライブストリーミングで配信されることとなりました。

両日とも、同時視聴者数は1万人超。7日(土)の公演では #びわ湖リング がTwitterのトレンド入りすることに。クラシック音楽の話題がトレンド入りするなんて、滅多にないんですよ!


東京交響楽団@ミューザ川崎

東京交響楽団では、3月8日(日)「名曲全集 第155回」3月14日(日)「モーツァルト・マチネ」が中止に。しかし両公演をニコニコ生放送で配信することが決定しました。

3月8日(日)の公演では、アングルを切り替える演出ありの配信、客席からの定点カメラでの配信と2種類が用意されました。両方の累計視聴者数を合計すると、約10万人もの人が観ていたことに。またTwitterではハッシュタグ #東響生放送 がトレンド入り。

クラシック音楽の話題がトレンド入りすること、滅多にないんですよ!(あれ?1日ぶり2度目……)


日本のクラシック音楽でも、やっと「動画」が注目された

海外ではオーケストラやオペラハウスのライブ配信が、一般的に行われています。

たとえば、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団では『 デジタル・コンサートホール』という有効期間内の動画見放題サービスを行っています。

ラジオフランス交響楽団や、フランス国立管弦楽団を運営するラジオフランスでは、ラジオの音声で放送することはもちろんですが、かなりの量の動画もYouTubeにアップロードされています。

日本はほとんど、動画の配信はされていません。

NHK交響楽団はNHKホールで行われる定期演奏会の様子を『クラシック音楽館』という番組で放送していますが、もちろんネット上で気軽に観られるものはありません。

東京交響楽団は『TSO MUSIC & VIDEO SUBSCRIPTION』という月額500円で題動画見放題のサービスを設けていますが、このような取り組みは稀です。

神奈川フィルハーモニー管弦楽団はYouTubeチャンネルを持っていますが、今回のような企画は初めてだそうです。

きっとどの団体の方も、やったほうがいいのはわかっているけど、

・そこまで手を回す余裕がない
・権利の問題が難しい
・お金がかかったものを無償で見せていいのかわからない
・配信で満足して現場に来てもらえないかもしれない
・よくわからない

などの懸念があって、踏み出せないのだと思います。

今回このような形で3つのコンサートが動画で配信されて、配信といえど色々な方法があるということは、わかってもらえたのではないかと。


出そろった「動画配信」3つの形

ライブストリーミング配信でも、プラットフォームによって大きく異なります。録画するとなればもっと幅が広がります。

今回の神奈川フィルハーモニー管弦楽団の場合、録画でした。

録画を出す利点は
・リアルタイムでなくても視聴可能
・何度でも繰り返し視聴可能
です。

わたしも今これを書きながら少しずつ再生して楽しんでいます。曲を飛ばしたり聴き直したりできるのも、録画ならでは。

これは消さない限りずっと残っていきますし、こうして残していくことは記録としても意味のあるものになると思います。

びわ湖ホールプロデュースオペラと、東京交響楽団の場合は、ライブストリーミング配信でしたね。でも中身は結構違います。

びわ湖ホールプロデュースオペラは、
・配信終了後、削除(リアルタイムのみ)
・リアルタイムコメントオフ
加えて、後日別で録画したものを発売することが決定しています。

東京交響楽団は、
・タイムシフトで予約すれば、後日視聴化
・コメント可能
今回は特別に、タイムシフト予約がない場合も無料で観ることができます。

どれがいいと一概に言えるものではありませんが、インターネットを使った公開の仕方は選べるということがおわかりいただけると思います。

・DVD化の予定がありネット上に残せないのであれば、削除も可能
・コメントのオンオフは設定可能
・何度も観てもらいたければ、YouTubeに残すこともできる

どうでしょう、ある程度は範囲をコントロールできそうですよね。

さらにいえば、niconico社のニコニコチャンネルというサービスを使えば、有料会員のみに動画を届けることもできます。有名な人だと、メンタリストDaiGoさんがこのサービスを活用されていますよね。これ、音楽でも活用できませんか!

関係者の皆様、どうでしょうか。動画配信。
今回の動画配信、ライブ配信を受けて、実際に足を運びたいと思った人もいるはずです。わたしは実際、一度もびわ湖ホールには行ったことがありませんが、次オペラをやるときは必ず行かなければと思いました。
お金と労力をかけて作り上げているものこそ、今回のように動画を使えばかなり強い宣伝になると思います。

クラシック音楽、とくにオペラやオーケストラはクオリティの水準が高いので、オフライン空間にしまっておくのはもったいないです。プラットフォームを選べば、有料で届けることだって可能です。ぜひご検討ください。


動画だからできる、新しい楽しみ方の提案

クラシックファンの方のTwitterのつぶやきを拝見していて今回特に目についたのは、コンサートの新しい楽しみ方について。

わたしが思ったことは3つあります。

・騒音などマナーの心配がない
・感想をリアルタイムで交換できる
・出演者と観客のコミュニケーション

ひとつひとつお話させてください。

まず、騒音のこと。
普通クラシックのコンサートは、雑音にシビアです。ビニール袋がこすれる音、パンフレットをめくる音、鼻息の音……などなど、小さな音を立てないように気を付けて鑑賞します。微動だにしない人もいます。

動画越しにコンサート鑑賞していると、騒音についての心配は無用です。おやつを食べながら鑑賞しても、誰にも迷惑をかけません。

迷惑をかけないといえば、よそごとをしていても誰にも怒られません。
わたしは7日、びわ湖リングをながら聴きで鑑賞していました。Twitteには「家事をしながら観ていた」という方も。

もちろんそれだけに集中して鑑賞したほうが、たぶん絶対楽しいです。(8日は対訳片手にきちんとストーリーを追いながら鑑賞していました。個人的に8日のほうが満足度高いです)

でも、鑑賞するスタイルが聴き手の自由になっているのは、意外と嬉しいです。途中でスマホを見ても、電話が鳴っても、誰にも迷惑をかけません。気が楽です。

次に、リアルタイムでの感想のシェア。7日と8日、#びわ湖リング と #東響生放送 がトレンド入りしたのは、ファンがリアルタイムで感動したポイントや、気になったことをつぶやいていたからです。

ふつうコンサートで、隣の人とお話をすることはありません。どんなに小さな声で話しても、果てしなく遠くに飛んで行ってしまうからです。話し声は演者にも届き、演奏に悪影響を与えることすらあります。

ライブ配信であれば、音には影響を与えません。演者に迷惑をかけることはありません。今回のように気になったことをシェアしていくスタイルは、かなり新しいものでした。

 最後に、出演者と観客のコミュニケーションについて。

8日、東京交響楽団のライブ配信では、「あの長いフルートは何?」という視聴者のコメントを拾って、Twitterでお返事をするという出来事が。

この動画が投稿されたのは、演奏会後半に向けての休憩中。ふつうの演奏会では考えられないスピード感です。リアルタイムで声が届いているの、うれしいですよね!


懸念も残る

#びわ湖リング では、スクリーンショットの掲載をやめるお願いが、公式アカウントからアナウンスされました。わたしも配信を観ながら「スクショしたい!!」という気持ちをぐっと抑えていました。

なんでもスクショして載せてしまう、視聴者側のリテラシーが問われますね。


映像のプロにどんどん関わってほしい

東京交響楽団のライブ配信、クオリティが高かったですよね。画質も良くて、スイッチングも美しく、音質もいい。それもそのはず、配信の技術面をニコニコ放送技術さんが協力しているからです。

定点観測カメラ(一番いい席)での配信と、スイッチングでの配信、両方選べるようにしているのも素晴らしいですよね。どう見たいかは人によってさまざま。長年の積み重ねからインターネットの特徴をよく知っている、ニコニコだからこそできることだなと。

そしてそして、わたしが留学していたフランスの話をさせてもらうと。コンサートホールにはよくArteというテレビ局が来ていて、ライブ配信を行っていました。

カメラは大きな三脚でどどーんと構えるだけでなく、手で持って舞台の中ほどまで移動することも。舞台で目線を低くし、移動しながら大きなカメラを構える姿はとてもかっこよかったです。

Arteによって配信された動画を見てみると、やっぱりすごくきれいなんですよね。色味もコンサートのコンセプトによって調整されていたりして、動画が作品として成立しています。新しい動画を観るたびに感動していました。

個人的には、日本のテレビ局各局にもぜひ動いてほしいなと思っています。クラシック音楽のコンサートは大勢の人が関わって作り上げるものです。権利の問題も一般人からは想像できないほど多いと思いますが、美しく記録して、みんなの財産として残してほしいものです。

クラシック音楽の番組を持っていないテレビ局の皆様。これを機に、コンサート収録して、インターネットで配信する方向どうですか? 高い技術、持ってるんでしょう……!


個人のみなさんも配信してください

東京交響楽団ほどの大きな団体さんであれば、ニコニコと手を組むこともできますが、個人のみなさんはそうはいきませんよね。

でも個人こそ、人に頼んでみてほしいです。コンサートを配信するなら、なおさら。とびきりの機会を、美しく残してください。

コンサートを録画してみようかな、というのであれば、ぜひプロの手をあたってみてください。カメラ1台で撮るものとは格段に違うはずです。

コンサートのライブストリーミング配信やりたいな、という方は、ぜひスマホ一台で配信せず、ライブ配信を担当する人をつけてみてください。客席スタッフや舞台技術者を配置するのと、同じように。配信はスマホだけでもできますが、自分でも演じながら技術的な部分もやろうとするのは大変です。

プロって誰?と思われるかもしれませんね。
たとえば学生時代に学校の演奏会の動画を録画してくれた業者さん、いませんか? ほかにも好きな動画のクレジットを見て、撮影した人や編集した人をみつけることもできます。身の回りにきれいな動画をアップしている音楽家がいたら、思い切って誰に頼んだのか聞いてみるのも手です。

ライブ配信で言えば、自分の参加しているコミュニティの紹介で恐縮ですが、セミナーやイベントの配信を行う #やわラボ という動画配信集団も存在します。自分で勉強するのもいいですが、既にやってる人はスペシャルヒントも持ってるはずなので、得るものも多いはず。


動画の動きが変わりますように

先月下旬から、多くのコンサートが中止・延期になりました。意を決して決行する方も、やらないと決めて動いている人も、それぞれの決断に敬意を表したいです。命を削って作られた芸術が犠牲になる状況、とても苦しいですよね。

Twitterでは「コンサートが未だに生じゃなければいけないのか?」という意見も見かけました。技術が発達した現代であっても、会場でやる意味は十分あります。

映像配信技術は、その場の体験に代わるほど追いついてはいません。でも、今回こうして大きな団体が急遽動画配信を行ったことで、見えたこともたくさんありました。

コミュニケーションだったり、気軽さだったり。ホールには入りきらない人数が、同じ公演を待っていたり。会場では味わえないものが、インターネット上にありました。

人気なスポーツはテレビやラジオでの中継が行われていますが、現地での観戦も多いです。いつかはクラシック音楽もそうなってくれたら。

留学中はチケットが取れなかった公演を、ライブストリーミング配信で鑑賞することもありました。いつか日本もそうなってくれたら。

一個人が理想を語るだけでは何も変わりませんが、今回の動きは確実に何かを変えると思っています。理想的な明日に近づけることを願いつつ。おやすみなさい。