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バスタブの僕


何が欲しかったのか忘れてしまった。

とにかくビッグカメラに行こうと池袋も新宿もビッグカメラはここから10分とうたう吊り革広告を見ながら私は山手線の車内のシートに座っていた。電車はやたら速度をあげていて久々であるのに何かあったら嫌だなとか思いながらやはり池袋ではなく新宿にしようと決めた時、停車した次の駅で三人組の若者が乗ってきた。ふと彼らの横顔を見ると1cmくらいの斑点が沢山現れている。蚊に刺されたようなものではなく白人の青年の真っ赤なほっぺが斑点で表現されたような不思議な感じだ。3人の若者のうち2人がそのような頬をしているのでこのご時世感染症的なものであれば嫌だなと思ったが露骨に移動するのも差別してるようでどうするべきか迷っていると隣の男性がそれこそ露骨にその場を離れようと移動し始めた。間髪入れずまるで彼の連れかのように移動する。相変わらず私はせこい男だなと苦笑いを隠しながら進む車内は結構混んでいて、最近はあの手の事件があってみんな嫌だろうが仕方ないのだろうな、それともまた世の中は何も変わらず留まっていくのであろうか、などと考えながらも移動を続けた。しかしどうにも居心地が悪い。結局私は居場所を求め隣りの車両へ向かう扉を開けて、そこは1両目のようで先の車両とは内装が違っていた。下を見ると絨毯が敷いてある。なんだ、最近の山手線はこんなことになっていたのか。確かに椅子も少し高級そうでいわゆるグリーン車扱いみたいだ。色はブラウンと薄いゴールドに近い色で統一されている。007に出てくる悪役の豪邸までは行かなくともセンスは悪くない。ヨーロッパにある小ぢんまりしながらもちょっとラグジュアリーなホテルのロビーのような。新幹線のグリーン車もぜひこのパターンにすべきだよ、気に入った。よく見ると立っている客もいる。立ってもいいのか。そうだよな、山手線だものな。しかし恐らく別に乗車券のようなものが必要に違いない。一体どこで購入するのだろう。私のように誤ってこの車両に入ってくる者も多いと思うのにそれらしきものは見当たらない。一緒に移動したはずの男性は2両目で止まったようでここにはいない。だいぶ恥ずかしいな、戻ろう。この車両も少し混んでいて人を掻き分け戻ると通路の先にひとつだけ椅子が飛び出しているのが見える。体を横にしなければいけないほどそこだけせまくなっており、私は恐縮しながら通り過ぎようと椅子に目をやると母がそこに座っていた。「なんだ、久しぶりですね。」私は椅子の肘掛けに腰掛け彼女の左腕の肘の下あたりをさすりながら言った。母は私を見ず微笑みながら「悪いことしてない?」と言うので「悪いことはしてないけれどね。色々とね、やらなきゃいけないことはあるよね。」と答えると彼女はそのまま横を向いたままゆっくりとフリーズし動かなくなった。「こんなものか。」と思うとわかっていたように目が覚めた。


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