日本語教師日記203.名詞修飾の練習
日本語を学び始めた人は、徳川家康と肩を並べて、
しばらくの間は、重荷を背負いて遠き道を歩むことになります。
ひらがなを50音と一言で言いますが、
拗音(ようおん=にゃ、しゅ・・)なんていうものあり、
促音(そくおん=ちいさい「っ」)もありますし、濁音、半濁音も。
やっと読めるようになったと思ったら、カタカナ。
並行して少しずつ漢字を学び、
母語にはない助詞(てにをは・・)にも最初から悩まされる。
とにかく色々大変で、頭が忙しくてしょうがないのですが、
レッスンごとに覚えることがたくさんあるというのは ある意味新鮮だし、
小さな山を登っては違う景色が見えてくる繰り返しは、
それはそれで、楽しみもあるのではないでしょうか。
え?
そんなことはない?
まあまあ・・
そこへ行くと、初級を終えた頃から、別種の苦労が始まります。
自分の言いたいことならまあ言える文法と語彙は備えているが、
相手の言うことはまだまだわからない、そういう段階の苦しさです。
相手が、自分のマスターした文法と、知っている言葉を選んで喋ってくれるとは、それがたとえ、すごく親切な人だとしても、現実的に言って不可能です。
それが出来るのは、その人を教えてきた日本語教師だけです。
対象言語のネイティブの話は、聞くだけなら想像で補って大体わかる気がする。
自分の言いたいことはしどろもどろでも言える。
でも、ネイティブの語彙とイディオムとスピードで普通に喋られたら、
いきなり難しくなって沈没。
そういうことは私たちも外国語学習でお馴染みです。
さて、日本語の読み書きはだいぶできてきたが、喋れないと言う人は、
まず、名詞修飾でつまづきます。
「私は本を買いました」
とは言えても、
「私は先週新聞のレビューで読んだ本を買いました」
となると途中でつまづき、すらすらとは言えません。
学習者が、自分の慣れた母語の語順で言っていいのなら、
私は・買いました・本を・読んだ・レビューで・新聞の・昨日
と言いたいところですが、それだと日本語ではないです。
かといって、これだけの数の言葉を、正しい順番で、いきなりは言えません。
そこで効くのが、「名詞修飾マラソン」というのものです。
「こんなに勉強しているのに、うまく喋れません」
とは、100%の生徒がそう訴えてきますので、全員にやってもらいます。
こんな教材を作っています。
蛍光緑と黄色で目が疲れますが、
「日本語の名詞修飾は、説明部分を先に、次にすぐに続けて名詞を言う」
というのを、精一杯強調しています。
英語と逆ですよと言うことを、しつこいほどにお目にかけ
じっくりと頭に染み込ませてもらいたいのです。
生徒には、
「黄色い方を先に言いたいでしょうが、ぐっと我慢で緑が先ね!」
と言います。
これはまだ鳥羽口です。
この後に20ぐらい、ドリルで練習してもらいます。
なんとか出来るようになったら、なるべくヒントを与えたくないので、
口頭での練習に入ります。
「これはペンです。高かったです、と言ってください。
あなたが昨日、モールで買いました。昨日買いました。
はい、一つの文でどうぞ」
最初はボロボロです。
「えーと・・これはペン、これは買いましたの・・モー・・
じゃない、これは、モールで買ったの高かったペンです」
「の、は要りませんね」
「あそうか、これはペン・・これはモールで買った高かったのペンです」
「名詞の前の形容詞はconjugate しなくて良かったですね。
あと、も は要りませんね」
「あ、そうでした。これはモールで買ったの高いペンです」
「の、は要りませんね」
「そうでした。これは・・モールで買った・・高か・・高いペンです」
「いつ買ったの?」
「昨日です。これは昨日モールで買った高いペンです」
「はい、100点です。じゃ、もっと速く、自信を持ってあと2回言ってください」
こんな感じで、息つくひまもなく、練習します。
十分にやったら、名詞を与えて、自分で作文をしてもらいます。
以下にお見せするのは穴埋め問題です。
この例の、この人の場合は全問正解でした。
もともとは( )はブランクで、自分でキーボードで入力してもらいます。
・・・
This is the flute glass.
これは (フルートグラス)です。
This is the flute glass we bought.
これは (僕たちが 買った)フルートグラスです。
This is the flute glass we bought in Venice.
これは (僕たちが ベニスで 買った)フルートグラスです。
This is the flute glass we bought in Venice when we went to Italy.
これは 僕たちが(イタリアに行ったとき)
( ベニスで 買った)フルートグラスです。
・・・
だんだん言えるようになってきました。
ある愛妻家の人とは、こんな文で練習しました。
・・
⬜️ Make your sentences longer.
① I want to eat the stew.
僕はシチューが 食べたい
add: that my wife made
僕は 妻が作ったシチュー が 食べたい
add: on the day when she moved into my apartment.
僕は、妻が 僕の アパートにひっこしてきた日につくったシチューが食べたい。
(ここで、引っ越す と 引っ越して来る、引っ越して行く の違いも教える)
add: in the evening like this=こんな 晩
こんな晩は、
妻が 僕のアパートにひっこして来た日につくったシチューが 食べたい。
いくらでもできます。
延々とやります。
1時間なんてあっという間です。
常々、日本語の語順に慣れてもらうため、
主語→時間要件→場所→目的語→動詞
ですよ、ということを、繰り返し言及していますが、それでは全然足りません。
試行錯誤で、自分で、組みたたていくしか方法はありません。
これさえ獲得したら、上達するという頓服はないのです。
手を変え品を変え、
・母語から日本語へ、日本語から母語へ
・穴埋め問題
・一文をバラバラにしてから組み立てる
・状況を私が提出して、0から自分の文を作って発話する
・・という具合に、四方八方からアプローチされているうちに、
少しずつ慣れてくれます。
テスト対策で四択ばかりやっていては、点は取れても喋れるようになりません。
生徒の皆さんは頑張ってください。
お荷物は持ってあげませんが、どこまでも一緒に遠き道を歩いて行きます。
来年もどうぞよろしくね。