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エッセイ523.翻訳の沼(24) 「帰れ」と言われてもそれは無理
小田急線を新宿で降りて西口へ向かう途中、気になって仕方ないポスターがありました。
↑これです。↓
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背の低い私が見えるのはちょうどこのぐらいの分量↑
両端がこの写真では切れていますが、GO HOME とあります。
私はこれを、
「家族に知ってもらえない形で最期となってしまった人たちを、
家に返してあげるため、情報提供などで、どうぞご協力ください」
という、警察のキャンペーン(マジ)ポスターだと、秒で思い込みました。
細かい字を見ていなかったからです。
昨今は行路死亡人が増え、遺族を探すのも大変。
遺族が見つからないと、各自治体の予算で火葬、遺骨保管となりますが、遺族が見つかっても「そちらでどうぞお願いします」というケースが多いそうです。
家族の絆や伝統的な冠婚葬祭にも、大きな変化があり、それがコロナ禍にさらに一般の人にも大きく広がったようです。
それでこのポスターも、そういうことに対応したものだと思ってしまいましたが、実はこれは今晩(2024年7月13日(土))始まったドラマのポスターだったのでした。
そうは知りませんでしたので今までこのポスターを見るとつい、
(Go home・・帰ってくださいと言われても無理。
死んでいるから)
と、思っていたのでした。
"Go home"と、普通に誰かが誰かに言ったならばそれは、
「帰ってください」
ということです。(家にいるネイティブに確認しました)
「最期の落ち着き先の見つからない故人を、
しかるべきところに戻してあげましょう」
という事を言う場合は、
Go Home (帰ってください)
というよりは、
We will send you back home あなたをお家に送り届けます
Send him back home 家に返してあげろ
ぐらいがよいそうです。
気になって検索したら、この Go Homeはドラマの題名で
「変わったアングルから行方不明者(死者)に迫る警察ものドラマ」
でした。
洋画に邦題をつけるとき、翻訳家の皆さんは苦労していますが、
古くから素晴らしいものはたくさんあります。
Gone with the wiind → 風と共に去りぬ
ーー原題にも主語が欠けていて
「誰が去ったんだ、レット・バトラーか、それとも古き良き南部の伝統か」
と言われたそうです。
直訳で何の問題もなく、印象深くて良かったのは古くは
Gaslight ガス灯
Rear Window 裏窓
Leon(eの上にチョンがついている)は レオンでいいのかと思ったら、
英語の題名は、
Leon: the Professional
なのだそうです。
どちらもいいですね。
ジェーン・キャンピオンのニュージーランド映画
Piano
は、邦題は ピアノ・レッスンとされましたが、キウイである夫は、
「あれはピアノ・レッスンというと、広がるイメージを固定してしまう、
Pianoだから良いのに」
と今でもよく言います。
今では
Star Trek スター・トレック
ですが、日本で放映当時は、内容を伝えたいと思ったのか、
「宇宙大作戦」でした。
こういうのも昔のテレビドラでは多いです。
Star Wars スター・ウォーズ
ぐらいからは、伝わらなくてもぶつけてくるのが多くなったのかもしれません。
今では「スターウォーズのウォーズって何?」
と思う人はいないと思います。
その、ぶつけてくる原題が、当たり前ですが微妙に変えられているものも多いです。
The Legend of Falls →レジェンド・オブ・フォール 果てしなき想い
ーーレジェンドもフォールも馴染みのない英単語でしょう。
カタカナ部分だけだとよくわからないので、サービスでつけた日本語か。
The Lord of the Rings → ロード・オブ・ザ・リング
ーー普段から、the なのか、a なのか、なくていいのか、単数か複数かと、英語で苦労しているので、こうすっぱりと刈り込まれると、
「いいなぁ、省いてよくて・・」と思ってしまいます。
ですが「リング」は、うるさいこと言うと、「究極のあの一つの指輪」だけじゃなくて、人間の王たちやドワーフの王たちにも下されて、その指輪中の指輪だから、「指輪(複数)の Rings なのです。
そこをさくっと単数で「リング」とされると、私としては辛いです。
また、
結局この「ロード」は誰なんだ、
見事にモルドールの火口に忌まわしき指輪を捨てたフロドなのか、
散々指輪関連で中つ国(なかつくに)の面々を振り回してくれたあいつなのか、
と考えてしまう The Lord であるので、その The の示すのは誰なのか。
ここで、Theがとても大事なわけで。
私は翻訳された「指輪物語」も、素敵な邦題だと思っています。
それはともかく、私がポスターを見て気になっていた
Go Home
は、一目でドラマの言いたいことを伝えるための表現だったのですね。
そういえば、もう一つありました。
かつてコンサートのために来日したポール・マッカートニーは、
大麻の不法所持容疑で逮捕され、9日間収監の後、英国へ送り返されました。
当然、コンサートチケットを買っていた人は、コンサートが中止になって涙涙。
昔のことですが、大きなニュースになっていたのでよく覚えています。
テレビのニュースで、ポールのファンたちのデモの映像を見ました。
ゲット・バック、ポーオルー
ゲット・バック、ポーオルー
と声を合わせ、Get Back Paul と書いた横断幕を手に、ファンたちがマーチングしているのですが、これはもちろん、ビートルズの「Get Back」を踏まえてのことです。
そのとき私は首をひねりました。
もちろん、ファンたちは日本政府に対して、
「私たちのポールを(私たちに)返して」
と訴えていたのだと思います。
一方私は、新潮文庫の「ビートルズ詩集」1巻と2巻(片岡義男)を、擦り切れるほど読んで、英語の歌詞と付き合わせていたので、この ゲット・バックの、
Get back, get back, get back to where you once belong
が、
戻れ、戻れ、戻れ、お前がもといた所へ
とかいう意味なのだと、この本から教わっていました。
もしそれが合っているなら、デモに繰り出した少女たちは、ポールに向かって、
戻れ、戻れ、戻れ、お前のいたイギリスへ
・・・・と言っていることに、なっちゃうのではないのだろうか?
今でもときどき思い出すほど、印象が強いです。
Go Homeのポスターの骸骨は美人に挟まれ、骸骨なだけに大きく口を開けて笑っています。
リアルでは見逃しましたので、Tverで明日さっそく見てみようと思います。
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