日本語教師日記189.ああ今教えたい今!(2)「わかりません知りません問題」
よくできる生徒が、「先生のおかげです」と言ってくれます。
よくできる生徒の周囲の人も、そういうことを言ってくれることがあります。
生徒の皆さん、周囲の皆さん、ごめんなさい。
違います。
よくできる生徒は、ほとんどの場合、
「既にとても上手であるレベル」で、私の教室の扉を叩くのです。
もう、教室はなくなりましたから、扉もないのですが。
本人に対しても言います。
「残念です。
あなたを0ビギナーのときから教えていたら、
今のあなたの出来具合は、私の手柄なのだけれど、
出会った時にはもう、今と同じぐらいできてましたもんね。
私、偉くないもんね」
そこまで上達している人は日本人のマインドを会得していますので、
「いえいえ、とんでもない。(本当にそう言う)
私の今あるのは先生のおかげです。
先生の厳しい指導のおかげで、だいぶ上手くなったような気がします」
ひえ〜、ありがとうございます。
まあ、このレベルの生徒が現在4人います。
身から出た錆です
とか
豚に真珠です
などともよく言っている人たちです。
すごい。
ここまでの人は滅多に間違えませんが、それでも結構よくあるのが、
知りません と わかりません の区別がついていないことです。
私が会話の中で先に「知っていますか?」
と発した場合は、それに準じてついてくればいいので問題なしです。
「トランプのタトゥーをした人がたくさんいるって、知ってました?」
「はい、知っていました」
「そうなんですか。知りませんでした」
こういうケースですね。
でも、
A:部長の今晩の連絡先知ってる?
B:知らないです。
は、知りたいことと答えが、熱量を持たない単なる情報ですからぎりぎり許容範囲かもしれませんが、それでも、
「わからないです」
と言う人もいて、その方がなんとなく柔らかく聞こえます。
そして、例えば、
A:彼、来るかなぁ
B:知りません。
C:知らない。
と言ってしまうと、
「知るか」「知るかいな」「知ったこっちゃない」に準ずるような、
切って捨てたような匂いがしませんか?
生徒よりすかさず、
「だって先生、Aさんが知りたいのは、彼が来るかどうかについての、厳然たるファクトだけでしょう? それなら、『知りません』も良いのではないですか?」
と、質問がきます。
「そう思うでしょう。そう思って当然です。
私も今まで、ファクトに対する返事は知りませんで大丈夫、そう言っていましたものね。
でもね、このAさんは、その人が来るかどうかな? 来るなら準備もあるしな、
とか、
来るといいなぁ、来ないといいなぁ、
というような気持ちを込めているように聞こえませんか?
え、聞こえない・・そうですか。
それはまた別の話として、
その人が来るか来ないかということだけを聞きたいのだから、
「知りません」で良いはずなのですが、
Bさんとしては、そういうふうにズバ! と言っては申し訳ない的な気持ちに襲われがちなのです。
なので、
「自分はそのことを知っているべき、状況を理解しているべきですが、
ごめんなさい、『わかりません』」
となるのではないかなと私は思うのです。
つまりわかっているべきことをわかっていないです、という気持ちですね。
じゃあ、生徒くんの方から、私にたくさん短い質問をしてみてください。
「わかりました、では。
図書館は何時に開きますか?」
ーーあ〜、ちょっとわかりません。
「わかりませんですか。そうか・・・
では、彼の飛行機は何時に羽田に着きますか?」
ーー知らないなぁ。わからないなぁ。これはどっちでもいいかな。
「先生は、事情をわかってますか?」
「わかってます」
「先生は、プロジェクトの最終日は知っていますか?」
「ええ、知っています。
ね?
「相手の言ったのに合わせれば間違いはない法則」のいい例ですね。
もうちょっと訊いてください」
「はい、先生は、あのお店がクローズした理由を知っていますか?」
ーーいや、知らないです。これは知らないですで、大丈夫ですね。
と、このように、ニュアンスがらみの「違いの教えわけ」は、できるだけ例を出し合ってみると、じわじわとわかってくることが多いです。
前回、教えたい今!と思っても、頭がパンクするので、できるだけ一つずつにしていますと書きましたが、この「わかりません知りません問題」は、生徒が外したときは必ず、すぐに直すようにしています。
会話の流れもありますので、いちいちは止めず、授業の終わりの10分ぐらいを使ってお話しすることもあります。
学習者にとり、言葉そのものに含まれるニュアンスはわかるはずもありません。
普通、学習者が日本語を学ぶときは、
Shirimasen という音に対して、 I do not know.
Wakarimasen= という音に対して、 I do not understand.
と訳をつけているだけなわけです。
早いうちに治せると、ぐっと上手に聞こえるものの一つなので、うるさく言っています。
ちなみに、上級になるにつれ媒介語での説明はしなくなっていきます。
トップ写真はその例です。
続きます。
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