エッセイ392.それをするのはあなた(駄)−1.電気の消し忘れ
今日も夫が私に向かって、何度目かになりますが、言いました。
「君きみ、トイレの電気が点いていますよ」
私もいつものように、
「あ〜ごめん、消してください〜」
と返事をします。
夫がそれを見つけるときは、夫がトイレのそばにいるので、
私がわざわざ出向くより効率が良いですね。
一家で名古屋の借家に住んでいたときは、私はトイレの電気は(ほとんど)消していました。
理由はいろいろ考えられますが、トイレに窓があったため、
夕方暗くなるまでは明るくて、電気をつけませんので、
当然消し忘れもあまりしなかったようです。
夜になるとさすがに電気はつけますが、トイレのドアに直径10センチもあろうかという、大きな丸い「トイレの電気消し忘れ防止用のすりガラスの部分」があって、暗い廊下で光りますから、あまり消し忘れをしませんでした。
何より私にとって幸運だったのは、当時は家族が3人ないし4人いましたので
この度、消し忘れたのは、おかん
という特定ができなかったことです。
ところが今は二人暮らしであるので、トイレの電気がつけっぱなしであったなら、それはもう、間違いなく私です。
そこに文句は言いません。
いけないのは、トイレに窓がないので、使用時に必ず点灯をするため、消し忘れる頻度が ぐっと上がったことです。
さらに「消し忘れ防止用の窓の部分」が、直径3センチぐらいと小さいため、よく目を凝らさないと、光が中からもれているのかどうかさえ、わかりません。
それ以前に、振り返って窓を見る、ということも私はほとんどできていません。
また、私は何かAをしている最中に、何かBについて考え込んでいることがとても多いので、トイレを出る時などは、考え事とか、このあとする事を主に考えていますから、当然(ほぼ)消し忘れます。
私が朝から出かけた時などは、夕方に帰るまでつけっぱなしという、とてももったいないことになりがちです。
この光熱費値上がりの苦しい時代に、なんということでしょうか。
私が夫に、
「いつもつけっぱなしではないですよ。たまには消しますよ」
と言っていたので、呆れた夫がこういうものを作ってくれました。
「はい、これをどうぞ」
と、ある日手渡してくれたのでした。
「なんですかこれは」
「これをトイレの床に貼りましょう。そうすれば出る時に気づくでしょう」
私が紙を放っていたため、夫が丁寧に床に貼ってくれました。
でも、足元を見て、
あ、そうだ。
そうだった。
ふう〜ん。
と思ってから、ドアを開けて出るまでに、「見た」ことを忘れるらしく、消し忘れの頻度は全く減りませでした。
きっと自分はいつも、上を向いて歩いているのだろう。
足元の張り紙を見たという記憶もないし・・
そう思って、自分で今度は、ドアの内側に貼りました。
だめでした。
壁紙と化していたようです。
次にはこれまた自分で、トイレのドアを開けてすぐ数十センチのところにある、真ん前の廊下の壁に貼りましたが、「見ても見ていない」現象、
(=冷蔵庫にマグネットでコンサートのチケットを貼っておき、それが景色になってしまって、コンサート当日に持って行くのを忘れる現象のことを言う)
が起きていたらしいのと、廊下はいつも暗いので、見えていなかったようです。
今の場所は、
トイレを出る→振り返ってトイレのドアを閉める
→リビングに戻ろうとして開けようとするドアがある
ということで、さすがに気がつくだろうと思って、そのドアに貼ってあります。
ところが、トイレを出てすぐに自分の仕事部屋に入る、ということも、一日の中では多いので、消し忘れの頻度はだいぶ減ったものの、まだまだきちんと消せていません。
一時期は、
つけるから消し忘れるんだ!
と思って、電気をつけずに入るということをしていましたが、
これはこれでなかなか侘しいものがあるので、すぐにやめました。
この紙は、あちこち貼り替えたため、よれよれになってきました。
夫に頼めばまた、違うデザインで作ってくれるとは思うのですが、同じような悩みがあって克服された人がいたら、ぜひ教えていただきたいと思います。
そのために、こちらに書かせていただきました(嘘です)。
こんなくだらない話を、明日もいたします。
明日は、ソーダとトイレットペーパーの芯と新しいコーヒーメーカーと踏み台についてです。
サポートしていただけたら、踊りながら喜びます。どうぞよろしくお願いいたします。