いつか僕が君を思い出せなくなっても
注釈:本SSは下記配信中にて触れた内容のVTuber花丸ちよに関するスピンオフ小説になりますし、配信中で話された展開とは大幅に異なります。
https://www.youtube.com/watch?v=PTcRby92F2U
作者の嗜好をガッチガチに含めた内容になりますので、SF要素多めになっております。また作者特有の強弱の少ないフラットな展開が続きます。
以上を御了承頂けた方のみ、読み進めてください。
向かい入れた転換期
漠然と人生にアクセントが足りないなと思い応募した。息子と孫娘からは「意識高すぎだよおじいちゃん」みたいなことは散々言われたが、謎の新技術を使うためにゾンビのように生き残った旧制度を紙とペンで淡々と進めた私はかなりセンチメンタルに見えたのだろう。恐れずに言い換えると御年80で早めの葬式準備をしている。
健康良好、癌も無し、家族には恵まれ妻は不慮の事故。人生のほとんどを令和で過ごした身としてはかなり昭和的な人生の幕閉じだと思ってる。何なら節制だとか遺産とか道徳的義務だとかも含めると、超個人主義の令和とは打って変わって家族以外に自資産を文化的資産に置き換えられた気がする。「だからこそやらないで欲しい」と涙目で言われても、すまないな。私の時代ではこの年で終えるのが一般的だったんだ、ある意味選べるのも贅沢な話ではないか。
また今は哲学にさえも牙を向く時代になり「意識の複製化」時代に突入し、あとは人間の脳みそが活性化された状態で別カ所への意識の再生成並びに管理を行えるようにするという。石器時代の言葉で例えるなら、SSDの内容を閲覧しながら仮想的にSSDを作りつつ、SSD自身に~、いや石器時代の言葉では語れねぇ。少なくともこれ以上に複雑なことをやってる。元エンジニアとしては20ページの仕様書を書きたいところだが、22世紀間際では統合システムは人間の知識社会を超えてしまったので悪しからず。しまった統合システムは今の言い方だ、昔は「AI」とか言ってたか。
この新時代に対しても自分の継続的な資産を遺すために立候補したのだ。そのまま現実の意識が無くなるかもしれない、スワンプマンと同じように完成した意識だけが残るかもしれない。何なら両方とも消える可能性も。成功率という概念は存在しない。
最後の良心
案の定な服と案の定な部屋と案の定な装置。だが最も新鮮だったのは実験がスタートして自分の意識というものにUIが実装されていた点だ。昔流行った「MMORPGの最初のメニュー」みたいな空間にそれを案内するアナウンス。どうやら私の脳波から最適な話速になっているらしい。また聞き取りに苦労していた80代のハズだが、一字一句全部把握できるのも意識の中ならでは。
こんなに全力で塗装された統合システムの善意を感じると、自身の最期を大きく感じ取る。
「本シミュレーションを進めていく上にあたって、オススメのルートと時系列ルートを選択できます。またタイムリミットと目標達成率を常に表示しております。本シミュレーションの目的を再度ご説明致しますと、記憶から現時点と過去の感じ取ったクオリアを現意識と複製された意識を比較し再現率を計測しつつ補完することです。個々の記憶のタイムリミットは記憶が朧気な程短くなっております。ただアクセス中の記憶は経験された内容を全て忠実に再現されます。いかが致しましょうか」自分は記憶力が良い方だと社会人時代に知れたが、どうやら意外と最近の記憶の方が薄いらしい。
「オススメで」「かしこまりました」
そういうと幼少期に散歩コースとして通った川沿いのランニングゾーンを思い出させるような道路が延々と続き、左右には記憶の塊を一つのオブジェクトに置き換えた物がそっと設置された。例えば幼少期のガンダムのアクションフィギュア、メモだらけの楽譜が詰まった合唱部時代のボロボロで破れかけのバインダー。オススメルートということは、恥ずかしいことや悲しいこととかも劇場を見る感覚で並べられているに違いない。
あの時代へ
道すがらに桃色と薄紅色をベースにした可愛らしい兎が居た。正直何も覚えていない。他のオブジェクトと同じように手に触れる形でアクセスした。
「こーんちよー!みんなの末っ子兎、花丸ちよです!」
なるほど。閉じていた蕾が春一番の天気を察知して、一気に開花するように、何もかも思い出した。とても懐かしい恋心だった。
「あ、兎さん!待って?何でついてくるの?!」見てた当時10年前に遊びつくして以降は動画でしか追っていなかった、「人類のゲーム」認定されたマインクラフト。その超絶簡単ゲームにも関わらず無限に興味が移り変わり無限に迷子になる様子から末っ子さがにじみ出ていた。
「やっぱ絶好調スタンプって欲しいかな~?でもそれぐらいメンバーさんに入ってくれるかな~?」見積もりが超絶甘く、視聴者の一人として自分の意見もしっかりと言ったハズなのに、やたら渋る様子。真摯な対応だからこそ、多くの意見を取り入れようとするが数字という壁が立ちはだかっている様子。そして歌枠用のペンライトも両方用意することになる。
「ちゅるる るるる りょりゅりゅ ちょっちょっちゅるる ちょるるるるるる、蒼い~♪」ノリと勢いで好きな曲を歌いつつ伴奏パートを口で再現するオリジナリティを添えて。自分も元吹奏楽部としてヴィオラパートを口真似してはいたが、ギター音を「ちゅるる」と表現するのは、まるでちゅーるを無限に吸う猫のような。それこそやたらやられボイスが「にゃん!」だったりするので末っ子兎は飽くまでも割合の話だったのかもしれない。
「みんなの「末代うさぎ!」っていう件好きだわ~w」そういえば長時間のコラボ動画では1~2時間後に雰囲気が全体的に緩くなって全会話に緩みが発生していたおかげで、よく分らん発言が飛び交っていたし、よくわからんことが口から漏れ出ていたので、やたらと細かいネタを拾ってくれる環境に恵まれていたのも思い出した。
懐かしい恋心、当時は「推し」とかいう単語が流行っていた。当時でさえもかなり日本語に長けていた気がしていたが、それに見合う精神的成熟性が無かったが故に正しい言葉を見つけられなかったが、妻と出会い過ごし別れ、息子の成長躍進懺悔赦し、孫娘の恵心革新野心を経て、様々な言葉に触れた上で、花丸ちよとの出会いは紛れもなく恋心だと断言できる。丁度自分に影響されすぎず、あるがままの彼女を見届け、自分の人生の転換期を迎えてしまったために別れ、残りは振り返れるほど人生が許してくれなかったが故に、恋心が最もフィットする。またサウダージに近しい思慕を人に向けたのは彼女だけだった。いや今の感覚で過去の感情を定義するのはズルいな。当時の私に向かって「お前のそれは恋心だよ」と言い切るのは残酷か?
こうやってわざと一抹の不安も残そうとするのは、課題を残しておけば長らく意識として遺るからという本能があったから。
その本能を再認識して、今はもうしなくて良いと気づく。そういうシミュレーションに参加しているのだから。
今は、ただただ彼女の名前を思い出せたことを喜びたい。
「本システム貢献者権限ならば、あなたの記憶以降の彼女の動向を検索できますがいかが致しましょうか」
「珍しく無粋だね、どうせもう既にこの現象と一緒にアーカイブ化してるんでしょ?後に好きなだけ研究していいから、私には見せないでくれ」
「承知いたしました」
最期に
見終わった。これも意識世界のため、また外部装置を幾つも使用しているため自分がこの世界で体感した時間がそのままではないハズだけれども、自分が人生で貯め込んだ資産から環境と構造を定義してアルゴリズムとして時間をかけて取り込まれる様子はとても心地よい。
「本プログラムにご参加頂きありがとうございます。達成率150%を到達し、クオリアの解析、意識の再定義化、現行課題の再認識、そして感情表現の共有化に大きく貢献頂けました、要石と呼ぶべきでしょうか」
「やめてくれ武甕槌大神様の御手に収まる程、私は頑強ではないんだ。それにこの意識は複製だから消えゆくんだろう?」
「はい、その通りです」
私の意識は存続することない、恐らく私自身が複製された側の意識。22世紀直前の時代だとしても人命はある程度尊重されるため、消えても問題なさそうな方により大きくリスクに掛ける。
「また複製された側の意識も、体験した速度に応じてクオリアが大きく変わることも観測されました」
「言ってくれるじゃねぇか、私の恋心がオリジナルかどうかすら判らない」
「オリジナルをあなたに定義できる能力は持ち合わせておりません」
「ぬかせ」
複製だったとしても80代で20代の頃の思い出を振り返った上で得た知見は、確かに私自身の物かもしれない。これはオリジナルへは受け継がれない、きっとそうに違いない。ならばこそ複製体の意識と記憶として語り継がれる。
「いつか僕が君を思い出せなくなっても、君との日々は紛れもなく私の一部だったね」
今までは天の声と言わんばかりにアバター表示しなかったシステム側が、露骨な演出と共にアバターとして顕現した。
「おつ・まる・ち~」
「はい、おつまるち~」