2023/10/25 忙しさの中で、自分の仕事の意味を忘れてしまうって、悲しい
ちょっと大袈裟に人生を振り返ってみると、私はおおむね好きなことを仕事にしてきた。つまり、幸せだった。
人は皆、お金のため、家族のために働いている。それが当然のことだけれど、できたら自分に向いた仕事に就きたいと思う。
そうして好きで始めた仕事であっても、時間が経ち、忙しさの中で大切なことを忘れてしまうことがあるのだろう。
先日、転んだ話を書いた。歯が折れてビックリして、すぐそばの大きな病院に口腔外科というのがあることを思い出し、口腔外科がどんな病気を治してくれるところなのかも知らぬままそこへ駆け込んだ。
レントゲンは撮れるが歯の治療はできませんよ、いいですか?と、まず念を押された。いいですか?という問いかけには違和感があったが、いいですと答えなければ診てもらえない。
さらに、午前の診療は終了したので、午後にならないと先生が来ないとのこと。手から少し血が出ていたし、まだ緊張しているので痛みはさほど感じなかったが、先生が来るまでの間に骨折していないかどうかを診てほしかった。救急も受け入れている大病院なのだから、ちょっとぐらい診てもらえるだろうと思ったが、それは甘かった。
窓口の女性も看護師さんも、ここは口腔外科ですから手や足は診られませんの一点張り。まぁ、それは分かるが、せめて血の出ている箇所を消毒するとか絆創膏を貼るとか、お願いできないのだろうか。やってくれる気配はなかった。
看護師でなくとも、そばに怪我した人がいて、自分が消毒薬や絆創膏を持っていたら、とりあえず何かしようと思うだろう。ここは病院なのに、看護師もいるのに、とてもおかしな感じがした。
この病院には、重症の人がたくさん来るのだろう。そういった人たちと比べたら、転んだ傷なんて、ほんのかすり傷でしかない。
でも、病院で働く人が、たったいま転んで痛いと言っている人を目の前にして、絆創膏のひとつも貼ってくれず、口の中の治療しかしませんよとなぜ言えるのだろう。医師の指示なしで勝手にやってはいけないのかもしれない。でも、消毒もダメだとしたら、それはおかしい。
日々、すごく忙しくて、自分の仕事は何かを忘れてしまったのだろう。人の不安に寄り添えなくなってしまったのだろう。
なんだか、それがとても悲しかった。