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本当に「いつものフジロック」だったか?2022年の苗場を振り返る

今年、2023年のフジロックを振り返ろうと久々にnote開いたら昨年のまとめが出てきましたまじかよ。せっかくなので公開します。

本人 拝

FUJI ROCK FESTIVAL'22が「無事終了」した。

前夜祭から最終日まで演目を完走できた以上、公式発表の通り「無事」といってもいいだろう。
ただ、2020年の延期と2021年の「特別な」形での開催を経て、年始に下記のとおり掲げた「いつものフジロック」は果たして取り戻せたと言えるのだろうか。自分の体験を中心に色々と振り返っていきたい。

新型コロナウイルス感染症は、まだ収束が見通せる状況ではありませんが、感染状況に応じた感染防止対策を講じたうえで「いつものフジロック」を取り戻すために、スタッフ一同「音楽と自然、そしてコロナとの共生」をテーマに、創意工夫を図り安心・安全で快適に過ごせる環境を整えていきます。

https://www.fujirockfestival.com/guide/index

去年に比べりゃいつものフジ

まず言えるのは、あの地獄みたいな1年前だけを比較対象にすれば、もうすっかりフジロック回帰できていたなと。海外アーティストがラインナップに再び加わった以上の復活を感じることができた。

1年経ってようやく書けるが、そもそも去年の苗場はフェスと呼ぶことすらためらわれる場所だった。頭上で複数の報道ヘリが旋回し、アーティストが厳しい顔しながら歌っているような状況を曇りなく「サイコーだった!」なんて言える人はきっと器がデカすぎるかガッツリ割れてる。

とりあえず毎年行くぜの自分ですらギリギリまで悩み、最終的に「ここで行かんとフジ終わる」という根拠なき危機感と、あとは当時第3子を妊娠中だった妻も電気グルーヴの復活観れば絶対ハッピーになるにちがいないッピみたいな押し付けもあって参加できた次第である。

そして対面したのは、あのKEMURIすら「PMA!もしよかったらみなさん隣の人と手をつないで(アッ!)…心の中で!」と縮こまるような空間。ヘッドライナーがライブ中「医療関係者に顔向けできない」とか言い出し、おれたちにいつもポジティブなものをくれるCHAIまでMC中に泣き出したし、あとは小山田…って感じでもう昨年は暗い話とお気持ちJPEGしか記憶にない。あのとき一体感を味わえたのは、オリンピックでも活躍したMISIAが登場早々「君が代」ぶちかましたときの総ツッコミ感だけである。ほかにもステージMCの追悼タイムあって文字通り葬式だった。

そんなんに比べれば今年はもうびっくりするぐらいライブや散策を楽しめた。おれだけでなくステージ上の人達も楽しんでいるのがわかるし、SNS開いても荒れてはいないこの安心感ときたらない。少なくとも自分の視界はフェスティバルの雰囲気をまとっていた。なので直近の記憶でいえばちゃんとフジロックになれていた。

フェスのメディア的魅力を再認識

今年のフジを心底楽しめたのは、自分の環境変化も多分にある。これは4年ぶりに単身で参加したことが大きい。例えばホワイトステージの繊細さと猛々しさを兼ね備えたゴージャスな出音を浴びて即「これは幼児にはダメだ!」とベビーカーで足早に立ち去るするとか、深夜はもちろんトリ前くらいには「もう寝ましょう」って会場を後にし、配信見ながら蕎麦喰ってるとかをしないフェスなんて久々である。ワンオペで3児を見守る妻の壮絶さは想像に難くないので気がかりだったが、少なくとも会場内は自分の体だけ気にしてればよくひたすら幸せだった(気にしなすぎて最終日LINEくらいはと怒られた)。

そんなわけで、もう本当に久しぶりにパフォーマンスをただ純粋に浴びることができたわけだが、会場に着いて初めてタイムテーブルをまじまじと眺める。今回もその段取りでいて、しかも自分本位でそれを選択できる…ということで久々にフェスをメディア的に楽しめた。

00年代あたりから、自分の情報収集源は音楽雑誌からフェスに移ってきている。会場での遭遇や予習を通じて「良さそう!」というのじゃもちろん、行かない国内外のフェスもそのラインナップをYouTubeで検索して「へー今はこういうのが」と学んだものだ。

今年は開催前からYOASOBIとずとまよ出演に対して「ようやくこの夜っぽい人らの違いがわかる」と喜び、現地でJPEGMAFIAの吸引力に惹かれた。ORANGE RANGEの曲ごとの受け入れられ方みたいな機微はその場にいて初めて学べるものだし、会場の集客やフロアの反応から旬を伺い知ることができるのは何もフジに限らずどこでもある。鈴木雅之の間違いのなさを噛み締め、一方でAwitchを「この若いエネルギーおれは食傷気味だなー」と世代差のギャップも身に沁みた。22年はGRAPEVINE「風待ち」を聴く夏と言えるし、パソコン音楽クラブの無邪気さを受け「ハハハおれは踊り方も忘れてた!」と楽しい自分探しもできた。

いつもの会場、いつもの新機軸やいかに

ラインナップへの関心が低くなってくると同時に箱推し化していくわけだが、フジロックはそんな期待に応えるべく毎年変化や新しい試みが会場に注入されてくれて、だからこそ批評性に富む空間として毎年行く価値を見いだせる。

ここに関しては率直に「いつもの」ではなく昨年の「特別なフジロック」のままだったという感想だ。それまで場内駐車場とパレスオブワンダーという一等地を物販兼飲食エリアにしていたことや、ほかにもカフェ・ド・パリ、木道亭、パープルヘイズといった「メディアに載らないフジロックの良心的ステージ」が撤去されていたのはやっぱり物寂しい。

こういうのは密を避けるための最適化みたいな伝え方をしていたが、単純にもうそこに予算かけられなくなってんだろうな今、みたいに思ってしまった。「バラエティ豊かでうれしいけど採算大丈夫かな」みたいに思っていたくせになくなるとこんなことを言うマニアに張り付かれてかわいそう。

そのほか、システム面では「飲食店の完全キャッシュレス化」があった。会場でサイフ落としたこともある身としては大歓迎システムだ。

しかしながらここも改革の痛みを喰らったと思う。ユーザーの不慣れもあっただろうけど、決して強固とは言いがたいネットワークに繋ぐまでの待機時間をはじめSuicaで改札通るのとは次元が違う待たされをもどかしく思った人はけっこういたに違いない。これは来年に向けて改善してほしい。

なんかロッキンみてえな苗場

会場といえばめちゃくちゃ気になったのは「企業ブース悪目立ちしすぎてない!?」というもの。「アンケートに答えていただけますとフジロック限定ノベルティをプレゼント!」「うちの製品使ったりブース企画を楽しんでフジロックの思い出を!」うっせーばか!!!!エントランスすぐ隣でGoogle Pixel×ずとまよコラボブースが3日間ギラギラ光りながら客の呼び込みしてるのとかなんだったんだろうマジで。ギブしますよ楽しいよとグイグイ取り込もうとしてくる感じ、なんかひたちなか初めて行ったときの違和感みたいだなと思いました。

自分も平日のマーケティング業務に対しサラリーを得る身分で適度に汚れており、今さらアンチ商業主義を叫ぶつもりはない…んだけどなんか今年のフジロックは広告色が濃くて雑だった。出展する企業側も「アーティストとか自然とコラボしとけばコト消費中のフジロッカーのココロ訴求できますよ!(ろくろ)」みたいな代理店の話を丸呑みしすぎだと思う。ダサい。

そんなわけで、プレシャスな体験の器である会場に対して「いつもの」だったと個人的に言いたくなくて、この点については「こんなご時世こそどうにか採算取れるようがんばってるフジロック」でした。醜くていい、100年続いてこうな。

コロナ禍での平常運転に必要なもの

目下緊急事態中のフジロックであるが、プログラムと会場の次に「いつもの」だったかどうかを考える項目はやはり新型コロナウイルスとの付き合い方になるだろう。

昨年は日本社会の敵だといっても過言じゃないレベルで開催・参加を非難され、現地でも眉間に皺ビッキンビッキンで過ごした。それなのに今年は、去年以上どころか過去最悪の感染状況下にもかかわらず、とてもあっけらかんとしていたように思う。これは現地だけでなくYouTube配信映像でもSNS上の空気感も同じ。2021年の忌まわしき特別さを取り除いたのは、まさかの「ウィズコロナ慣れ」という時薬だよって話である。

ステージ上ではMCが感染拡大防止につながるルール・マナーを繰り返し呼びかけていたほか、場内の至るところに消毒液や石鹸を切らさず置くなど運営サイドの努力の賜物が参加者の行動と安心に大きく貢献したのは間違いない。が、それらは外野の反応の変化とつながらない。結局なんかもう、おれらコロナとの付き合い方に対して慣れてきたねとしか言いようがない。

これについて象徴的な人物は出演アクトのひとりである折坂悠太。来日アーティストのみならず国内勢もほとんどピースフルにやっていた今年、彼は未だシリアスさを背負ってパフォーマンスしているように見えた。昨年は直前で出演辞退に切り替え、その際の所信表明JPEG内に一行政府批判を織り交ぜたことでネットリンチまで喰らってた被害者だからまあ当然である。

そしてそんな彼に対して面白かったのが「昨年よりひどい感染状況なのに今年は演るんだ」と疑問を投げつつ、終演後は「最高のライブだった!」と絶賛するという、字面だけ見るとめちゃくちゃねじれた反応をしていた人が何人もいたこと。

結局そういうもんなのだろう、そんなんだから人間というのは美しい。自分は行ってないけどもう野球場では普通に歓声とか普通に上がってるというし、生きていく上で緊張し続けることなんてできないんだなと痛感した。

無事帰るまでがフジというが無事で済まんよ

ここまでつらつらと書いてきて、各要素の是非であったり回帰できたかどうかのジャッジはほかにもいろいろできそうだとは思いつつ、自分は敢えて「いつものフジロック」と呼ぶにはあと一歩足りないと結論づけたい。

フジロックの週に入ってからアプリの存在を思い出して入れた位置情報と連携して濃厚接触の可能性を通知するアプリCOCOA。終演して10日経った今も日々通知が届いているのだけれど、現状2980分もあったというアラートが出ている。感染者ごとの接触時間をただ足しただけの数字とはいえ、さすがに1000の大台を越えてくる怖さがあった。

約3日と言われている期間をすぎるまでの数日は落ち着かなく過ごしたが、私は立場上ワクチン4回接種した上にほぼ誰とも話し込むことなく3日間をやり過ごしたことで無事に感染することはなかった。しかしそれは自分の話であって、実際のところ参加者、スタッフ、関係者それぞれの現場で後日感染がというエピソードを聞いた。とある店でフジロック終了翌日からひとりまたひとりなんて話を聞いたがまあ全然驚かないよ。あと「SNSに書かないで」と断った上で小さくコールアンドレスポンスを行った某アーティストが後日感染により別現場が流れたのを観て「皮肉だ…」とも思った。

前述の通り、人間はロジックに対して厳格に縛られ続けることのない、ルールもついつい自分好みにアレンジしがちな可愛い生き物だ。昨年各ステージの地面に打ち込まれた”ソーシャルディスタンス目印”はやんわりと守られたように思うが、一定の盛り上がりを見せた結果前方でモッシュみたくなったこともだし、

余談:わたくしのフジロック22

2日目のトリ前に休憩しようと思って会場を出たら湯沢でこうなったよ。任意保険は本当に大事!

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本人
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