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ハッピー・リタイアメント|2022-06-16

今日は、うでパスタが書きます。

私が無職になって今月でちょうど二年が経ったということになります。
それ以前にどこかで働いていたかと問われると、所詮は自営なので廃業を叫ばないかぎり別に当時と変わらないステータスであることは認めざるを得ません。しかし曲がりなりにもお客さまがいらっしゃって、月に一度ないし二度はスーツ姿で(ネクタイはもうしなくなって久しかったわけですけれども)お目にかかり、あれやこれやと予想のつかない発言(ひとの発言というのは予想のつかないものです)にほとんどノータイムでそれなりに噛み合った返事を返す、あの「会話」とかいうのを仕事としてはやらなくなったのは、かなり大きな変化だと感じます。

まず端的に頭が悪くなりました。
いま書いたように、一言に「会話」といってもテーブルを挟んでまさに卓球のリズムで「聞いて」→「考えて」→「言葉にして」→「発言する」というのをノータイムでやり続けるわけですから、ボケ防止にこれが何より必要だというのはいまさらながら頷けます。逆にいえば、のちに振り返ったとき私の痴呆がはじまったのはコロナ禍の入口近く、あの春のことであったということになるでしょう。いまはまだボケたというほどではありませんが、飲み屋で何か訊かれても返事を返すのに五秒ぐらい要するので「なるほど、これが……」という感じです。
その昔、後輩の上田という男と一緒に住んでいたときアパートの一階にあったバーで仕事帰りによく酒を飲んだのですが、この上田はこちらがひとつ質問をすると二十分ぐらいの長考に易々と入ってしまう男でした。私はそのあいだにビールを三杯ぐらい飲んでいるので返事が来たときにはまったく別の人格で、何かとストレスが多いのでもう喋るのをやめてしまった覚えがあります。いま自分のレスポンスがどんどん遅くなっていくのを感じると、「これが上田の見ていた世界の入口か」と納得をしてしまうわけです。しかもその上田がしばらくハワイのワイキキに仕事で飛ばされていたとき、スカイプで「調子はどう?」と尋ねてみたところ、「なんだかどんどん頭が悪くなっている気がします……」と答えたのですから、やはり南国はいかんなという思いをふたたびあらたにしております。

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