Extraordinary | weekly vol.078
「朝食もちゃんと食べたし、お昼にはまだだいぶ早いが、新幹線に乗る前に習慣的に購入したお弁当を開けて食べ始める。窓の外の世界は高速で過ぎ去り、東京をはるか後方に押しやっていく。お弁当は鶏のそぼろと焼鳥が入った鶏めしで、何度も食べているし別に美味しいわけでもないのだけれども、これがないと旅が始まらないと感じる。
東京を出て2時間半、地方都市の駅は人もまばらで、駅前広場をキャリーケースを引きずりつつ横切ってレンタカー屋を目指す。今回借りる車は珍しく黒い。レンタカーというと白やシルバーが多いのに、今回は黒い。それだけで少し気分が高揚してしまう。単純なものだ。
目指す温泉宿はここから40分ほどだとカーナビが案内をしてくれる。カーナビをスマートフォンと接続し、旅に相応しい音楽をかける。座席、バックミラー、サイドミラーを調整し、いよいよ出発となる。普段東京では車を運転することはないので、実に半年ぶりくらいの運転である。緊張と高揚感とに包まれながらアクセルを踏むと、サイドブレーキが外れていないことを示す警告灯に気づいて慌てて解除する。
初めて見るスーパーの店名や町並みによそ見をしていると、道の駅という看板が目についた。道の駅という名称を考えた人は賢いなと思う。駅というものから想起される旅情感、車という自由な乗り物にも停まる場所を与える寛大さ、そして賑わいを予感させる。地域の農産物やお土産物、なぜかある芸術作品の展示など、ここがそのエリアの駅として機能していることを伺わせる。
ここからは山道で、段々と道路沿いの樹木が色濃くなってくる。すれ違う車の数も減り、道幅も狭くなってくる。川が近いせいかトンボがたくさん飛んでいる。曲がりくねった道の先におそらく今日泊まる宿の建物が見えてくる。」
彼女は音読をやめると窓の外を一瞥し、こちらに向き直る。今日は瞳の色が緑色で、いつもよりシャープな印象がある。窓の外の光を受け、髪が白く輝いている。西陽が強く差し込む時間帯なので、部屋全体に斜めの線が広がり、切り取られた壁の幾何学模様がそこだけ浮いているように見える。眩しいけれど目をそらすほどではなく、温度を感じさせない光は静寂を可視化したもののように見える。
旅行記というのは書籍の中でもポピュラーなジャンルだ。古くは航海日誌であり、命をかけたフロンティアの開拓から始まり、世界地図がない時代の手探りな世界の描写はそれはそれで興味深い。異文化交流、征服、貿易、世界をくまなく動き回る人々の書き遺した記録は、独自の視点で描かれており、その当時の時代背景や利害関係、興味や関心の移ろいといったものを色濃く反映している。
いすれにしても、未踏の地を発見することには価値がある
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キノコです。
残暑が厳しいと思ったらもう冬の気温で、気候変動というのは本当なのだろうか、と思わされてしまいます。温暖化よりはプチ氷河期を望んでおりますが、就職氷河期世代でもあるので、氷河期という言葉にはどうしても抵抗を感じてしまいます。
半年超という現代においては長く続いた移動制限が緩和され、Go toキャンペーンで人々がまた旅行に行くようになりました。既に廃業してしまった宿泊施設などもあるようですが、何とか生き延びたところはこの機に一息ついているのでしょうか。そうなっているといいなと思います。自分が泊まったことがある旅館がなくなったりするのはさみしいですし、世の中にはそうした感傷によって存続しているものがけっこうあるわけで、そした積み重ねが今の世を形成しているわけです。
ワーケーションという言葉も生まれ、リモートワークが可能な人はバケーション先でワークできるようになってもいるようです。最初にワーケーションという言葉を聞いた時には狂気を感じたものですが、環境を変えながら仕事をするということに価値を見出すひともいるというのは新たな発見ですし、自分も子どもの学校や習い事がなかったら参加していたかもしれません。確かに、海を見ながらとか、温泉に入って気分転換をして、とかいつもと違ったアイディアが湧くかもしれませんよね。まあそうした思いつきに振り回される側の人は大変かもしれませんが、新しいアイディアが生まれるかどうかというのは大事なことです。
アイディアは移動距離、環境の変化によって生み出されると言われておりますので、旅行というのは脳に刺激を与える上でも大事な営みです。旅行先でもSNSを見続けるという人もいるかもしれませんが、自らの発言内容を振り返ると明らかにテンションが上っていたりするのはやはり旅の効用と言えるでしょうし、そうした目に見えた変化があるというのは面白いことです。子どもの頃の旅行というのは意外と記憶に残っているものですし、小さい頃にした体験というのは将来的な嗜好の形成においても影響するので、ディズニーリゾート以外にも行くようにした方がいいのではないかと思います。
というわけで、旅行の話から始まりましたが、本日はVRの話です。
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