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マスク嫌いです: 『ツミデミック』を読んで

※ネタバレ含む。

この本は、パンデミック下で連載された6本の短編小説が収録された直木賞受賞小説である。

コロナ禍という我々も経験した世界に生きる登場人物たちに、多くの読者が釘付けになっただろう。パンデミックの経験の仕方は実に多様だ。コロナ禍で懸命に生きる人、フードデリバリーにハマる人、コロナのタイミングで生き返った人、傷つき死のうとしている人。失業した人。
自分を重ね合わせながら読んだ人もきっと多いはずだ。

マスクの裏に隠れた本性を見た松本唯ー「憐光」

私にとって、特に印象的だった話は、「憐光」だ。この話では、15年ぶりに幽霊として生き返った松本唯という女子高校生と、実世界に生きる旧友の豊島、高校時代の先生・杉ちゃん先生が描かれている。

15年後の世界は、みなマスクをしていた。ちょうど感染爆発のタイミングで、松本は幽霊として復活したのである。そして、豊島、杉ちゃん先生は、幽霊・松本唯が白骨化した遺体で見つかったことを期に、松本家に「墓参り」する運びとなった。その「墓参り」後、二人が高校に向かう車内で、豊島が先生と口論し、先生を殺害するという衝撃の展開を迎える。

そして松本は、豊島が自分の金を盗みその手で自分をを殺そうとしたこと、先生がその殺害にとどめを刺したこと、そして先生が自分を殺そうとしたのは自分と禁断の愛で繋がっていたからだということを徐々に思い出すのである。15年の時を経て出会った二人は、マスクの裏に想像を超える非情さをもっていた。

こうして、松本は幽霊からの卒業を決意する。天国へ「行ってきまーす」と言った松本の背中は、その声のトーンとは裏腹に寂しげだ。強がって放った一言だと思うと、浮かばれない。

マスクと現代社会

私がコロナ禍で直面した中で、一番苦痛だったのは、マスク越しのコミュニケーションである。相手の顔が全て見えないから、本心が透けて見えない。人間は相手の顔全体を見て心情を探るのが普通だろうが、それができない。些細なことだろうが、溜まって大きなフラストレーションとなり、人との会話が億劫になってしまい、塞ぎ込んだ時期がある。

マスクの裏に隠れた本性があるのではないか、自分に対して嘘をつくための盾になっているのではないかという疑念が消えることはなかった。マスクをしている人間を前にすると、やはり少し足がくすんでしまう。

松本唯を殺害した二人に裏の顔があったのは、パンデミック下でのマスクを通じて象徴的に描かれている。そこまで極端ではないが、日常的にもマスクが果たした「相手に自分を偽れる」という役割は、人間不信を煽ってきたのではないだろうか。自分の経験を顧みて、どうしてもそう考えずにはいられなくなった。


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