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毎日が感謝祭
勤労感謝の日は戦前、収穫を神に感謝する新嘗祭を祝う日でした。
アメリカの感謝祭(サンクスギビングデー)や、聖書に記されている仮庵の祭(取入れの祭)も同様に、収穫感謝祭として始まっています。
「あなたの勤労の実を畑から取り入れる年の終りに、取入れの祭を行わなければならない。」(出エジプト23:16)
収穫は自分の「勤労」の結果ではあっても、神の恵みによって与えられたものであるという意識が強く、神に感謝すべきことだったのです。
現代では、農耕に限らず人生全般において、神の恵みに対する意識が薄れています。
数週間前に書いたように、「感謝の鍵は、人生を神からの贈り物とみなし、何事も当たり前に受け取らないことです。」
私たちの存在は、命という贈り物はもちろん、それを支える自然があってこそだし、家族や友人、仕事、その他多くのものによって成り立っているので、感謝すべきことは、常にたくさんあります。
英語の「thank(感謝する)」の語源は、「think(考える、思う)」と同じです。
「Thank you(ありがとう)」は、「あなたのことを思い、私のためにしてくれたことを忘れずに覚えています」というのが本来の意味なのです。
でも、ついつい忘れがちであれば、時々立ち止まって、感謝すべきことに思いを向けてみませんか。
私たち夫婦は結婚した頃、毎晩「感謝日誌」をつけていました。
その日あった感謝すべきことを、他愛ないことでも構わないので、そこに書き留め、神に感謝してから床についたのです。
今はもうしていませんが、その日誌のおかげで、感謝すべきことにいつも思いを向ける習慣が身につきました。
どんなやり方であれ、神がしてくださったことを覚え、感謝するのを忘れませんように。
「わがたましいよ 主をほめたたえよ。主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」(詩篇103:2 新改訳2017)
「感謝の心は、平凡な日々を感謝祭に変え、お決まりの仕事を楽しいことに、ありふれた機会を祝福に、変えることができる。」(ウィリアム・アーサー・ウォード)