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--SS|矛と盾

 それはいまから一昔前、とある小さな王国での出来事である。

 山に囲まれた盆地に広がる小さな集落・南村。そこで、一人の老いた職人が鍛冶屋を営んでいた。
 ある日のこと。職人は店の窓辺に、一つの矛を飾った。そして、こんな看板を立てた。
「どんな盾でも突き破れる矛」
 そう書かれた看板は、多くの人の足を止めた。そして、それと同時に多くの人が慄きを覚えた。
 昔からその国では、嘘をつくことは神への裏切りなのだという教えが伝えられてきた。実際、公の場で偽りの発言をした者は、教会に破門を告げられ、国王の命令で国外追放されてしまうのだ。
 翌日の朝。店の前を掃除する職人に、一人の男が声をかけた。顔見知りなのだろう。職人は目も合わせず挨拶を交わした。
 男は職人のそばに立つと、ささやくように声をかけた。「あの看板は辞めた方がいい。」その言葉を聞き、職人はようやく顔を上げた。
「あのなぁ、どんな盾でも突き破れる矛なんて、造りようがないんだ。あんな大ぼらを晒してると、お前今に破門だぞ。それが嫌なら、あんな看板すぐに片付けて、神に懺悔した方がいい。」
すると職人は笑い飛ばすように言った。「何言ってんだ。あれは噓なんかじゃない、本当のことだ。俺が造った矛は、どんな盾でも突き破れる。あの看板をしまおうなんて、少しも思わないさ。」そういいつつ職人は朝の掃除を終えた。
「まあいいさ。俺はお前の言うことを尊重するよ。とにかく、お前の身がおかされないといいがな。」そう言い残すと、男は職人に背を向けた。
 男が店を去り、職人が店の中に引き上げようとすると、今度は向かいに住む青年が、窓から顔を出して職人を呼び止めた。
「なあ爺さん。」
「なんか用か。」
職人が振り返ると、青年は言葉を重ねた。
「その矛、どんな盾でも突き破れるのか?」
「どんなに厚い盾でもか?」
「どんなに強い素材でもか?」
流れるように続く質問攻めにも、職人は表情一つ変えず、その全てに頷いた。そして、こう続けた。
「なかなか疑り深い奴だな。いいだろう、今夜の日没前、山の上の教会に来るといい。そこで私の矛の素晴らしさを証明しよう。」
 その噂は直ぐに広まった。そして迎えた日没前。その教会には村の民衆は勿論、国王までもが押し寄せた。
 人々が集まったのは、この教会の裏庭。そこは、悪魔像があることで知られている。この像は村の民の間で恐れられており、今ではその存在すら忘れ去られるほど、人々に避けられている銅像だ。
 そして今にも太陽が隠れようかというとき。職人は、しゃがれた声を張り上げ、「今から、この矛で悪魔像を突く。誰か、やってみたいという者はいるか。」と、矛の使い手を募った。
 すると、朝窓から声をかけてきた青年が名乗りを上げた。そして、矛を構えて悪魔像に突き立てた。しかし、悪魔像には傷一つつかない。職人は言う。「この男には技術が足りない。」
 すると、村で一番腕の立つという若者が名乗りを上げた。そして、軽快な助走から矛を突き立てた。しかし、先程同様、悪魔像には傷一つつかない。 職人は言う。「この男には力が足りない。」
 すると、町で一番の力自慢が名乗りを上げた。そして、力強く矛を握りしめ、像に突き立てた。しかし、若者のときと同じように、悪魔像は無傷だ。職人は言う。「この男には経験が足りない。」
 すると、国王に仕える国一番の騎士が名乗りを上げた。そして、鋭い眼差しで悪魔像をにらむと、流れるような動作で矛を突き立てた。しかし、それでも悪魔像に傷がつくことはなかった。
 焦りと憤りを感じたのだろう。「この国には矛をまともに使える奴がいないというのか!ええい、もう人任せにしておけん!」職人はそう叫ぶと、騎士の手から矛を奪い取り、憤りに任せて悪魔像に突き立てた。しかし、またしても像を突き破るには至らず、ついに彼の矛は折れてしまった。
 呆然とする職人に、集まっていた群衆から、冷たい視線が集中する。野次馬の会話の中に「嘘つき」という言葉が聞こえた瞬間、彼はおもむろに口を開き、苦し紛れに叫んだ。
「どんな盾でも突き破れるとは言ったが、全てのものを突き破れるとは言ってない。この像を突き破れなかったのは、これが盾でないからだ!」
 赤面しながら弁解すると、職人は一目散に自らの店に戻り、看板を手に持っていた矛で粉々にしてしまった。以後、彼の顔を見た者はいないという。

- Fin -

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