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腸内細菌って何がすごい!? 〜後編〜

前編をお読みいただいた皆さま、ありがとうございました。
後編では、腸内細菌叢の治療の現状にフォーカスしていきますので、お楽しみいただけると嬉しいです。


🦠腸内細菌叢の改善・・・ってどうやってするの?

腸内細菌叢のバランスを改善するのに、マウスの実験では直接糞便を投与して研究をしています。では、人ではどうでしょう。

まず、大きく分けて2つの方法が考えられています。
ドナー(提供者)から提供される糞便にはとても多様な菌種が含まれていますが、これを丸ごと移植する方法と、細菌叢を単菌に分離して必要な菌を組み合わせて移植する方法です。では、それぞれのメリットとデメリットを見てみましょう。

丸ごと移植する場合は、バランスよく腸内細菌叢が含まれているため、有効性はある程度予測できます。反面、多様な菌種が含まれており、免疫が弱っている人に対して悪さをする菌、例えば病原性をもつ菌や抗生物質に対する耐性菌も含まれている可能性があるため、安全性の担保が重要です。また、細菌叢のバランスは、同じドナーでも食生活や環境で毎日変化するため、規格化はかなり困難です。

では、単菌を移植する場合はどうでしょう。必要な菌種を適量ずつ組み合わせることができるので規格化はしやすいですが、単菌として分離し、保存することに膨大なコストが費やされます。また、前述の通り、本来は多様な菌がバランスよく影響しながら作用を示すため、有効な作用を持つ菌種だけでは期待通りの効果が得られないことも分かってきています。

こういったメリット、デメリットを考慮し、現在はFMT(Fecal Microbiota Trans- plantation:丸ごと移植)が使用されています。

🦠実際に糞便移植は進んでいるの?

実際の臨床応用はどのように進められているのでしょうか。
Clostridioides difficile感染症(CDI)という疾患があります。腸内細菌叢の数や種類が減少してしまうことが原因で発症します。抗生物質の長期使用も原因の一つなので、耐性菌が増加している場合も多く、一般的な抗生物質を使っての治療は難しいようです。

2013年、このCDIに対してFMT治療を試みました。
抗生物質を14日間投与したグループと、抗生物質とFMTを4日間投与したグループを比較したところ、無再発率がそれぞれ41%および81%と、圧倒的に後者の治療法が良い効果を示したのです(アムステルダム医療センター(オランダ))。

この結果は欧米で大きなインパクトを与え、翌年には再発性のCDIの治療にFMTを用いることがアメリカの治療ガイドラインで推奨されました。

🦠じゃあ、日本でも腸内細菌を使った治療はできるの?

日本でも腸内細菌叢に関連する研究成果はたくさん報告されています。反面、臨床研究となると欧米ほど注目されていないようにも見えますが、実はCDIだけでなく、先ほどご紹介したクローン病の治療法としても実施されているのです。

2014年、順天堂大学でクローン病に対するFMT研究がスタートしました。とはいえ、当時は、FMTという治療法自体が知られていなかったので臨床研究の承認を得ることも、患者さんにこの治療法を理解していただくことも大変だったようです。

欧米では、ひたすら効果が出るまで40回以上のFMT治療を行いますが、順天堂大学で採用された移植方法では、抗生物質3種類(AFM:アモキシシリン、ホスミシン、メトロニダゾール)を事前投与して細菌量を減らした腸内に、ドナーから提供された腸内細菌叢を200mL ほど移植する抗生剤併用便移植療法(Antibiotic FMT: A-FMT療法)です。欧米の40回に比べて、1回の投与ですむこの方法は、想像しただけでも患者さんへの負担がかなり少ないと言えるでしょう。

まずはこのFMT療法を、2年半の間に92症例を2つの群に分けて実施した結果を見てみましょう。A-FMT療法では82. 4%に有効性を認めましたが、抗生物質のみ投与された群では68. 3%でした。
さらに長期の治療効果を調べたところ、A-FMT治療群の方が、AFM療法群に比べて効果が保持され、再燃(再び悪化)しにくいことが明らかになりました。

ちなみにFMT治療のドナーは、兄弟姉妹が良いという結果が出ています。これは、腸内細菌叢の由来が母親であること、年齢とともに代謝や細菌叢が変化することから考えても理解しやすいですね。

このA-FMT療法は、順天堂大学とメタジェンセラピューティクス株式会社が設置した共同研究講座にて進められ、2023年に先進医療Bとして厚生労働省に承認されました。

🦠安全なFMT療法を進めるために重要なことは?

それは安全なドナーをスクリーニング(選択)して、腸内細菌叢を提供していただくことです。実は、アメリカでのCDIを対象にしたFMT治療において、敗血症を起こし、死亡する例が1例のみ起こっています。この事例では、ドナーの選択が適切に行われていれば防げた可能性が指摘されており、 しかるべき施設で厳格な検査を実施することの重要性が再確認されています。つまり、安全な細菌叢を保持するドナーを集め、質と相性の良い細菌叢をスクリーニングすることが求められているのです。

また、腸内細菌叢のデータを集め、研究用に提供するためのバンクも整備されています。

東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)は株式会社ヤクルトと共同で、疾病罹患・生理機能情報、生活習慣情報、腸内細菌叢の解析を合わせて実施することを決めました(2018年)。この結果は将来、全国の研究者に公開される予定です。神戸大学でも、腸内細菌解析のためのバイオバンクおよびデータベース構築が進められています。

京丹後市の高齢者を対象とした腸内細菌叢のコホート研究も実施されています。
この研究では、酪酸産生菌が健康長寿に重要な役割を果たしている可能性が出てきました。先にもお話しした通り、酪酸は炎症の制御に大きく関わっています。
老化だけでなく、いろいろな疾患に過剰な炎症が関与することを考えると、健康に生きる鍵は、この酪酸産生菌を増やすことことかも知れません(京都府立医科大学)。

こういったデータ解析のための腸内細菌バンクだけでなく、移植のためのドナーバンクの構築も進める必要があります。ドナーのスクリーニングは、厳格で安全なFMT治療を実施するための根幹となるものであるため、参加者の10%程度しか登録されないという狭き門なのです。これを考えると、本当に多くの方にチャレンジしていただく必要があるのかもしれません。

🦠クラウドファンディングで腸内細菌を患者さんに届ける仕組みを作る!

メタジェンセラピューティクス株式会社では、”腸内細菌叢バンク”の構築支援を募るために、クラウドファンディングを実施しました。2023年4月から6月の2ヶ月ほどで、多くの方々にご支援をいただき、目標額を大きく上回ることができたそうです。新しい治療方法でありながら、皆さんの関心が高いことがわかりますね。
引き続き、彼らは2023年内の腸内細菌叢バンク稼働を目指し、システム構築や持続可能な運用方法についても検討を重ねるいくとのことです。

今回ご紹介したように、腸内細菌叢は環境や食生活に影響されるため、国や地域によっても多様です。つまり、その国や地域独自のバンクを持つ必要があります。
ご興味を持っていただいた方には、ぜひウェブサイトを覗いていただきたいです。

腸内細菌叢の創薬への研究、バンクの構築、臨床の場での活用など、めちゃめちゃ期待が膨らんでしまいます。今後の研究の進展が楽しみです。
最後までお付き合いいただきましてありがとうございました! 

🦠後半の関連資料のご案内

今回のお話はポッドキャストでもお届けしています。
お時間のある時にお聴ききいただけると嬉しいです!

サイエントーク
56. 腸内細菌が世界を変える?今知っておくべきマイクロバイオームと疾患の科学
57. 腸内細菌を治療に使う?マイクロバイオーム創薬の最前線に迫る!
サイエントーク参考文献集

研究発表ほか
1. 糞便移植法の現状と将来展望
2. 世界初!潰瘍性大腸炎に対する抗生剤併用便移植療法の有効性を確認
3. 兄弟、同世代のドナーが便移植療法の長期治療効果を高める
4. 潰瘍性大腸炎を対象とした「抗菌薬併用腸内細菌叢移植療法」が先進医療Bとして承認
5. 東北メディカル・メガバンク機構、疾病罹患・生理機能低下と腸内細菌叢との関連性を明らかにする共同研究を開始
6. 老化と腸に密接な関係、「老腸相関」を追う
7. 「腸内細菌叢バンク」クラウドファンディング、目標達成!2023年内にバンク稼働開始予定
8. メタジェンセラピューティクス株式会社


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