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『合宿免許』

 お耳汚しを失礼致します。
 私の統計では、授業や会議などで当てられない様に『気配』を抑えてやり過ごそうとする方は、少なくないと思います。
 昔から、『気が利く』『気を配る』『気に掛ける』など、気に関する慣用表現が沢山在りますが、人ならざるものからも感じられる物なのかが気になった話です。


 これは私が小学校低学年の頃に父方の叔父から聞いた話なのですが…。
 私が小学生の頃はまだバブルが弾ける前で、『外車・アルマーニ・携帯電話』と云うのが、この頃の『三種の神器』だったそうです。

 或る催し事で親戚一同が我が家に集まった際、居間で寛いで居た叔父と親族数名による座談会での事です。
 「おっちゃん。おっちゃんは車に乗らんの?」と私が叔父に聞くと、
 「車なんか乗らんでも電車とバスで行きたい所に行けるやないか。」
 叔父が答えると間髪入れずに、
 「ちゃうねん。おっちゃんは免許持ってへんねん。な?」と父が会話に割って入って来たので、すかさず叔父が言い返しました。
 「免許ぐらい取ったわ。あのな車は自分が運転するもんと違うねん。車は後部座席に乗って、あっち行けこっち行け言うもんや。」
 「社長は皆そうしてるやろ?」と私に言うのですが、何か意味深なやり取りが気に掛かり、補って貰うつもりで父に目を向けると、
 「おっちゃんなぁ、教習所の教官どつき回したからKDMの教習所、出禁になったんや。」
 話を聴いて居た皆が驚いて叔父を見ると、叔父は説明します。
 「あれは、あいつが悪いんやないか。悪態ついたり、ハンドル握ってる手をしばいたり、運転中に足蹴って来よるから、頭に来て急ブレーキかけてやったんや。怒鳴り始めたからな、車降りて助手席側に回り込んで、ドア開けて外に引きずり出して、馬乗りに為ってどついてやっただけや。」
 「手出したんは向こうが先や。こっちは金払とんねん。大金出して蹴られに行っとんちゃうわ。」
 「それはそうかも知れんけど、そこまでせんでも…。」と叔母が飽きれて言うと、叔父が続けます。
 「その教官がな、判子やらんぞ!って脅しよったから、お前なんかに貰わんでも良いわって言い捨てて、途中で帰ったんや。他の教官でも受けられたしな。」

 「晩に教習所から電話掛かって来たから婆さんびっくりして、翌日わざわざ仕事休んで高島屋に菓子折り買いに行って、教習所まで謝りに行ってたやないか。」と父が鼻で笑いながら吐露すると、
 「それで、運転免許取れたんですが?」と叔母が父に聞くんです。
 「取れるかいな。それで出禁や。」と父。
 「え?でも持ってるんでしょ。」と叔母。
 「自動車免許くらい持ってんと、仕事が無いからな、地方に受けに行ったんや。岡山やったけ?俺が出してやったよな。」と父が叔父に嫌味っぽく聞くのですが、「返したやないか。」と叔父は居心地悪そうに渋い顔をして反論して居ました。父にはそう云う節があるので、叔父は空気を変え様と明るい方向へ舵を取りました。


 「2〜3週間で取れる合宿が在るねん。免許取り消しとか、更新忘れとか夏休みの大学生が受けに来よるねん。」と言うと、
 「へぇ〜、そんなん在るんですね。楽しそう。」場の空気を察した叔母が相槌を打ちますが、叔父は笑いながら、
 「楽し在るかい。TV無し、娯楽なし、周りは田んぼと山ばっかり。唯一、場末のスナックが1軒在るだけ。2人1部屋の2段ベッドで拘置所みたいな所やったわ。」
 「6時起床、7時朝食、給仕は当番制、9時〜16時で学科と教習、18時夕食、その後シャワー浴びたり自由時間で、21時に消灯。」
 「勉強いつするねん! 予習・復習せんと仮免取れんやないか。」と一人突っ込みで場が少し和みました。すると叔父が私に質問するのです。
 「どうしたと思う?」
 私は少し考えて首を振り振り「え?・・・分からん。」と答えると、
 「お前、要領良う生きとあかんぞ。消灯しても唯一電気が付く所って言うたらトイレや。教科書持ってトイレで勉強してたんや。」

 「昔から要領だけは良かったからなぁ。」と、また父が茶々を入れます。
 「あんたはいつ勉強してんのやろうと思うくらい遊び回ってたけど、成績は良かったし、不思議とお父さんにも怒られたこと無かったもんなぁ。」と祖母も参戦します。
 「せや。親父に殴られるのはいつも俺やったんや。悪さして見つかっても、いつもそこらに居らんねん。」と父。
 「反面教師や。」と叔父も笑いながら言い返します。

 「でもな、考える事は皆同じで、トイレに行ったら皆がギュウギュウに集まって勉強してたんや。室内の端まで明かりが届いて居ない様な薄暗い裸電球が1つ在るだけで、小便器2つに個室が1つ、個室の隣に掃除用具入れが在る狭いトイレに、5〜6人集まって問題を出し合ったり、過去問の情報共有なんかをしとるねん。」
 「中には何回やっても受からん鈍臭い奴とか居ってな、でもこう云うのが情報通やから仲良うしてたんやけど、気になる事言いよんねん。」


 「トイレで勉強する時は1人でするな。夜中に1人で立って勉強してたら背後に人の気配がして『受かりそうですか?』と声を掛けられて、声を掛けられた奴は翌日の教習を落とすんや。それで、そいつも何回か聞いたらしいねん。」
 「そんなもん言い訳やろ。」と父が言うと、叔父も、
 「俺もそう思って相手にしてなかったんやけど、夜中に喉が渇いてキッチンに行く途中でトイレの傍を通ったらな、人の気配がするねん。」
 「もう良い加減寝んと教習に差し支えるぞって、声掛けてやろうと思って近づき掛けたらな、そいつ1人で立って勉強しとんねん。それで何か独りごと言っとるねん。『ダメかも知れん。ダメかも知れん。』って繰り返し呟いてたんや。気味悪いから踵を返して部屋に戻ったんやけど、その時、合宿場で見た事の無い叔母はんが側に立ってた様に視えたんよなぁ。」
 「その人、結局どうなったんですか?」と叔母が聞くと、
 「目の下に隈を作って青い顔してたからな、『遅くまで勉強してたんか?』って教習後に聞いたらな、言い難そうにか細い声で返事したんや。『今回もダメやった』って。」


 そんな叔父なんですが、プレゼントがいつも絶妙で、おもちゃなら少し対象年齢が上の物、受験の時などは様々な教材や受験の為の分析方法を教えて呉れたり、どこどこに合格祈願しに行ったからお守り貰って来たなど、営業職気質の気配りの人でした。

 『気配り(きくばり)』と云う漢字は、送り仮名を取れば『気配(けはい)』と読みます。だから叔父は何かしら視えたのでしょうか。
 以上、『合宿免許』と云うお話でした。
 ご清聴ありがとうございました。


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