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『雪夜の屋根の上』

 お耳汚しを失礼致します。
 私の統計では『母をたずねて三千里』と云うアニメを知らない方は少ないかと思います。主人公の少年マルコが、母親を探してイタリアはジェノバからアルゼンチンまで旅をする成長冒険アニメですよね。
 お父さんは貧しい人達の為の診療所を開いて居たので、家計を助ける為にお母さんは出稼ぎに出るのですが、仕送りも手紙も途絶えて、心配のあまりにマルコが一人で母を探す旅に出ると云うお話でした。
 年端も行かないマルコ少年の母恋しさは涙を誘う物が在りました。


 これは、私が子供の頃に父と母から聞いた話なのですが…。
 父方の祖母の実家が信州の山深い大きな川沿いに建って居りました。父が小学生の頃から行き来があり、同じ年頃の従妹と夏休みに山や川で良く遊んだと聞いて居ます。
 父が成人してからもスキーブーム等で毎年冬には泊まりに行って居たそうで、母と結婚した年の冬にも祖母を連れて里帰りをしたのだそうです。

 祖母の実家は、小さくなったとは言え、戦時中には満州に大きな呉服問屋を数店舗営んで居た名残もあって、幼児期の私が探検して遊ぶには十二分に広い平屋の一軒家でした。
 居間には大きな床の間が在り、仏間には立派な仏壇、縁側に沿って中庭が広がり、雨の時には水琴窟が綺麗な音色を奏でました。居間の障子は雪見障子になって居り、居間からは中庭のツバキが見れました。
 「ゴーン、ゴーン」と1時間毎に人の背丈程ある大きな『振り子時計』が時間を知らせ、調理場は土間に『かまど』が在り、牧で煮炊きをし、風呂は『五右衛門風呂』で、アニメの『トトロ』に出て来る様な家でした。

 両親が泊まる部屋は、『防波堤』沿いに設けられた裏口に近い所、増築された部屋にいつも泊めて貰って居たそうです。屋根はやや低く『石置き屋根』と云われる構造で、その高さは防波堤と同じくらいで、裏山の地面と『面一』になって居る様な造りでした。
 谷深い渓谷に沿った家だったもので、部屋に居ても耳を澄ませば「ドドドドド…」と川の流れる音が聞こえて来ます。隣家は大声で読んでも聞こえない程遠く、家の前の鉄橋を渡って少し行った牛舎の牛が一番近いお隣さんでした。


 母が始めて泊まった次の日の朝食時、「昨夜は良く眠れましたか?」と曾祖母に聞かれたそうです。
「一晩中屋根の上をネコが歩き回って居たので、気になってあまり眠れませんでした。」と母が答えると、「こんなに雪が積もって居る夜に、ネコは出歩かんよ。」「ネコが凍える。」と、皆に笑われたそうです。

 その日の晩、母の隣で寝ていた父が母に起こされたそうです。
 「ほら、ちょっと聞いて。」…カサカサ。ミシッ。サササ。パリッ。
 屋根に積もった新雪は、日中の暖かさで表面が溶けて、日が陰ると冷え込んで表面が凍るんですね。そのうっすらと凍った表面を小さな動物の足が蹴り分けながら、屋根の上を縦横無尽に走り回るんです。走ったかと思うと、ピタッと止まって、また暫くすると走り出す。屋根の上をあっち行ったり、こっち行ったりするのだそうです。

 「ああ、これは家鳴りやな。」「木造家屋はな、昼間に温まった屋根が、夜に冷えて雪の重みで木材がきしんで鳴くんや。」と父が母に説明するのですが、「それにしても何かが走り回ってるみたいに聞こえるなぁ。」と父も感じたそうです。

 翌朝の朝食時、曾祖母が「昨夜もネコは来たかい?」と笑顔で母に聞くんだそうです。 「昨日も来てたよねぇ。」と母は父に同意を求めると、 父も笑いながら、「あれは家鳴りやて。」「でも、確かに聞き慣れんかったら、小さい動物が走り回って居るみたいに聞こえるわなぁ。」と続けると、 家主[=祖母の兄(父の叔父)]が、「もしかしたら、子ダヌキと違うか?」と言うのだそうです。
 「昨年の春頃なぁ、裏山からタヌキの親子が降りて来ては、裏口の屋根の上に落ったドングリを食べに来てたからな、罠を仕掛けて親ダヌキを捕まえたんだわ。」「木の皮を重ねて石を置いてるだけだらず?虫が湧くと困るしなぁ。」と言うんです。
 父が「おっちゃん、捕まえたタヌキは食べたんか?」と聞くと、 「タヌキの肉は臭いし硬いから食わんよ。」「ほら、そこに居るだらず。」と箸で指す方を見ると、床の間の隅からタヌキの『ハクセイ』がこちらを覗いて居たのだそうです。


 私がこの話を聞いた時に、父が語って居た事があります。
 「随分前に、道端で親ダヌキが車に轢かれてて、それを知り合いの清掃作業員が片付けに行ったんやけど、子ダヌキが離れんのよ。」
 「亡骸を袋に詰めても、分かってるんやろうな。袋を持って行く人に着いて行きよんね。」
 「仕方が無いから、暫く袋を歩道に置いてあげたらな、袋に寄り添って鳴くんよ。あれは可愛そうやったぞ。」
 「そのままには出来んから、袋を軽トラの荷台に積んでスロープを下ろして、暫く待ったら子ダヌキも乗り込んで来たから、危なくない山の中まで連れて行って、親ダヌキを埋めて子ダヌキを放してやったらしいわ。」

 父は続けます。
 「でもな、さっきの話、よう考えてみ。」 「捕まえたのは昨年の春やろ?生まれて間もない頃やろ?」 「残された子ダヌキ、餓死して死んでると思わんか?」 「…じゃあ、夜に何が屋根の上を走り回って居たのかなぁ?」


 小さな物音や僅かな変化に鋭敏且つ敏感に反応する様な件の母なのですが、私が中学生の頃、仕事の夜勤帰りに道路脇の溝に光る眼を見つけて、ネコかと思い近づくと子ダヌキだったそうです。どこへ行くのかと車を徐行しながら尾行したそうですが、50メートル程先の公園の角で見失ったそうです。
 「化かされるで。」と、朝食時に家族で笑った事を思い出しました。

 以上、『雪夜の屋根の上』と云うお話でした。
 ご静聴頂きありがとうございました。




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