【掌編小説】ブランケットを抱えて
AM4時、タクシーの車中は無関心の色で満たされていた。
グレーの分厚いブランケットを抱えている自分が、車窓にぼんやりと映っている。わたしはなぜ、こんな物を抱えているのだろう。一瞬思ったがすぐに顔をうずめて大きく吸い込む。彼の匂いと深夜の残り香が鼻腔をくすぐり、この子が一緒でよかったと思った。この子とはブランケットのこと……。独りで帰るなんて寂しすぎるから、ぬくもりは必要だった。
10月の深夜は寒かった。しかし私たちはテラス席で見つめ合っていた。私がどうしても此処がいいと駄々をこねたのだ。恋人はうんざりしながらも優しく微笑んで「きみは、一度言い出したら聞かないから」と呟いた。
駄々をこねた手前寒いとは言えず、震えている私を見て、恋人は静かに手を上げ店員を呼んだ。「ブランケットを彼女に」と。
幸せな時間は一瞬で通り過ぎていく。だから記憶は途切れて、現実ではなかったのかもしれないと錯覚する。きっと恋人との全ては、幻なのだと思ったりする。
自宅から少し離れたところで、タクシーを降りた。東の空が白みはじめている。ブランケットを肩にかけるとそれはしっとりと馴染み、安価なポリエステルのブラウスを上品にみせてくれた。
家の玄関が見えるまでの距離に辿り着くと、ブランケットを肩から外した。私は安価な生活に戻る。しかし、生活を安価にしているのはこの私だ。誰のせいでもない。嘘だらけの生活……。
寝室の扉をそっと開ける。夫のいびきが響いていた。
その隣りですやすやと眠る息子だけを確認して、二階へと上がる。この時間から少し眠ったら、息子はひとりで起きてくる。日曜の朝はだいすきな戦隊ものを観る為に早起きなのだ。
それまでは、このブランケットに包まって何も考えずに眠ろうと思った。
現実を受け止めて進むためには、もう少し時間が必要だった。たとえ間違っていたとしても、誰にも理解されなくても、生きていると感じるために必要なことだった。
いつか、このぬくもりを返却しなければならない時がくる。
結局私の居場所はどちらにもない。
朝食の献立を考えながら目を閉じた。
ブランケットは洗濯して夕方返しに行こうと思う。
幻にも現実にも期待しない決意をいつかできますように。心が強くなりますように。
ブランケットに包まると睡魔が薄膜のように体を取り囲み、身動きができなくなった。それはとても心地よく、私は深い眠りに落ちていった。