母退院
3月に腰の激痛に襲われ救急車で入院した91歳の母。4月に入り、リハビリ病棟のある病院に無事転院した。日々体の動きも良くなって順調に回復していると思っていた矢先、病院から電話が。
「大声で喚いて困っています」
聞けば、もう治ったから家に帰る!こんなとこにいたら殺される!死ぬのを待っているんだろうと!やたら大騒ぎしているらしい。
午後面会に行き取りあえずは収まったが、この一件で母は「重度のこまったちゃん」に認定され、その結果次の週に予定されていたリハビリ判定会議を待つことなく、週明け早々に退院することに決まった。
この頃は認知面の低下の方が気になっていたくらいだったから、早めの帰宅は大歓迎。
早速土曜日には朝から実家へ行き、母が戻るための準備をする。まず寝具カバーなど大物中心に洗濯、それから家じゅうの大掃除。
実家を訪れるたび、ホコリが溜まってるなと薄々感じてはいたが、まさかこれほどとは…。
ハタキをかけてもかけても、雨あられのようにホコリが舞い落ちる。身長140㎝にも満たない母は、手の届かないタンスの上や鴨居はとっくに諦めて、もう何年もハタキをかけていなかったのだろう。
桜吹雪のように降り注ぐ、何年分か分からないほどの大量のホコリを全身に浴び続けていると、無防備な目はもちろん、マスクをしていてもハナやノドがムズムズを通り越して痛くなってくる。
髪も服もホコリだらけだけど、とにかく掃除を終わらせないと、夕方にはレンタルの介護ベッドが届いてしまう。
頑張って夕方までに掃除を完了。予定通りベッドも滞りなく搬入。やれやれと戸締りをして、実家をあとにした時だった。
またしても病院から電話。
「今日はずっと喚き続けています」
ありゃ~、もう明後日退院なのに。電話口に母を出してもらおうとしたが、
「私は娘の家に帰るんじゃない。娘には何も関係ない」
と私の呼びかけに全く耳を貸そうとしない。
あとの対応は夫に任せ、とにかくヘトヘトなので、電車に乗り込む。
電車を降りて夫に電話すると
「今日迎えに来いだって」
と耳を疑う言葉!
ええ!?今から?もうすぐ6時だってのに?
これから1時間半かけて病院へ行って、母を実家に連れて帰るの?朝から実家の掃除してもうヘロヘロなのに…。勘弁してよ~
「せめて明日の朝にしてもらえない?」
再び夫が交渉してくれたが、病院は引き取れの一点張り。
仕方なく家に帰って大急ぎで荷造り。母を連れて実家へ帰れば、私はそのまま連泊になる。実家にはまともな布団がないので、家で一番大きなスーツケースを引っ張り出して、掛け布団や枕も詰め込む。
本当は全部明日郵送しようと思っていたのにー!
ようやく病院に着くと母はすっかり落ち着いていて気持ちよさそうに眠っている。それでも連れて帰れと言う。おまけに今日は土曜日で事務処理ができないため、月曜日にはもう一度入院費の支払いに来いと言う。
ナースの説明に黙って頷きながら、心の中では「ったく、ざけんなよ!」と何度叫んでいたことか(ごめんなさい、ナースに怒っていたわけではないんです)。
真っ暗な道を実家に向かってひた走るタクシーの中
「ほんとにほんとに家に帰れるの?夢みたい~」
ドンヨリな夫と私をよそに、母だけが乙女のようにはしゃいでいる。
実家に着いたのは9時過ぎ。夫は夕飯を買いに走り、私は母の布団に昼間洗濯した布団カバーをかけて寝る支度。母は病院で夕食も風呂も済ませているのであとはパジャマに着替えて寝るだけ。
夫が買ってきた弁当を2人してモソモソ食べていると
「あら、夕飯まだだったの?悪かったわね~」
そう言いながらも母はご満悦。こっちは返事をする気力もない。
夕飯を済ますと夫は帰宅し、私はシャワーを浴びて、母のベッドの横に布団を敷いて潜り込む。
せめてぐっすり眠りたかったのに、なんと母は夜中2時間起きにトイレに起きる!しかもその度、寝室の正面にあるトイレの場所が分からず、押入れを開けたり、台所の戸を開けてみたり。毎回起きて「こっちだよ」とトイレに誘導。
信じられないことに帰りも迷う。どこが寝室なのか分からなくてうろうろ。寝室の戸を開けておくよう何度も言うのだが、習慣とは恐ろしいもので母は毎回律義に閉めてしまう。それが毎晩だからたまったものじゃない。
退院2日目の夜には過って玄関の三和土に落ちてしまった。もともと目が悪いので廊下の電気もつけっぱなしにするよう口を酸っぱくして言うのだけれど、やっぱり消してしまう。暗くて三和土の段差が見えなかったのだろう。
幸い骨折はなく、頭にたんこぶができただけで済んだ。
毎朝起きるたび母は
「ここ病院よね?」
と言い、
「え?ほんとに家に帰ってきたの?」
とか
「いったいいつの間に帰ったのかしら?」
などと寝ぼけたことばかり言っていたが、退院4日目頃からようやく家に帰ってきたことが定着し、夜中のトイレにも迷わずに行かれるようになった。
ヘルパー事業所2か所に、訪問診療、訪問看護ステーションとも順次契約を結び、退院6日目からヘルパーさんが入ってくれる運びになったので、私はいったん自宅に帰ることに。
寝不足が続き、昼間は各種サービス導入で忙しく、気づけばすっかり体の調子を崩してしまっていた。
出産後の大変さを思い出す。もうあの頃みたいに若くなんかないのに~。
ぐっすり眠れることのありがたさをしみじみ感じている。
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