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もったいないおばけ👻

あ~、もう、まただ!
なにも今日に限ったことじゃない。
先週もその前の週も…とにかくここんとこずっと、いつ実家に顔出しても、母はエアコンをつけていない。
これだけ真夏日が続けば、さすがにつけてくれるかな~なんて淡い期待を抱いていた私が甘かった。
ごくたまに扇風機だけはついてたりする。
年を取るとだんだん暑さ寒さを感じにくくなるというから、温度を可視化できるよう、顔マーク付きの温湿度計を買い、母の指定席の真ん前にどん!と置いているのに、母は故意に自分の視界から外しているとしか思えない。
温湿度計の上部には
「28℃超えたらエアコンつけて!」
とマジックで黒々と書いた紙だって貼り付けているというのに!
いつ行っても、実家の温湿度計の顔はかわいそうなくらい汗を吹き出し、今にも死にそうな形相。
「見てよ、これ!こんなひどい顔なんだよ」
私は鼻息も荒く温湿度計を取り上げて、母の目の前に突きつける。
母は目を丸くして見つめ、
「あら~、ひどい顔」
と、他人ごとのようにケラケラ笑い出す。
いやいや、笑い事じゃないんだってば!
「去年もひどい猛暑だったけど、今年はね、それ以上の記録的な暑さになるんだから」
ラニーニャ現象なんだってよ、もう何人も熱中症で病院に搬送されてるし、死んじゃった人だっているんだよ!
私は必死でまくし立てる。
「誰が来るわけでもないのにエアコンつけるだなんて、なんだかもったいなくて…」
母の言い分はこれに尽きる。
もったいないおばけに取り付かれているのだ。
「あのね、ちまちま節約しても、そのあげく熱中症になって入院したりしたら、そっちの方が高くつくよ。それに下手したらもう二度とこの家には戻ってこれなくなっちゃうんだから!」
私が畳みかけると、母はちょっとシュンとなる。
「そうね、怖いわね」
エアコン、エアコンと言いながら、母がいそいそと冷房をつけたのを確認して、私はスーパーへ買い出しに出かける。
「いい?エアコン消したりしたら、絶対にダメだからね」
玄関扉を閉める前に、しっかり念押しすることも忘れない。
なんだか子どもの頃に読んだ童話のセリフみたいだなあ(あの部屋にだけは絶対に入ってはいけないよ…とか)なんて思いながら。
母は大丈夫よ~任せてよ~というように、うんうんと、笑ってうなずく。
しかし買い物から戻ってみると、母はもったいないおばけに身も心も見事に乗っ取られてしまっている。
あの太鼓判のような笑顔はなんだったのか。
これも毎度のこと。
「えー!なんで消したの?これ見てよ!」
温湿度計のグッタリ顔を見せると、母は苦笑い。
「だって、1人だから…」
「お金と命、いったいどっちが大事なの?」
母は首を捻って
「お金かなあ~」
などとふざけたことを言って私の心を逆なでする。
「もう充分生きたから、いつ死んでもいいような気もするし」
母の言葉に怒り心頭の私。
「そう、なら勝手にしたらいいよ」
突き放すと、母はしばし沈黙。
「でもやっぱり熱中症で死ぬのはイヤね。せっかくここまで長生きしたんだもんね」
「そうでしょう。熱中症は気をつければ防げるんだよ。寿命が尽きたんならしかたないって諦めもつくけど、熱中症じゃ私だって諦めきれないよ」
母はうんうんとうなずき、エアコンを入れてくれる。
しかし、私が帰宅するまでそのままエアコンを切らずにいることはまずない。
私が台所にいたり、2階に上がったりする時はもちろん、たとえ私が居間にいても、母自身が居間を離れ、新聞を取りに行ったり、洗濯物を取り込みに行ったりする時は、必ずエアコンを切ってしまう。
たぶん扇風機を消すのと同じ感覚。
「消さないで!冷えてると思ったら、設定温度を上げて!」
何度言っても母は
「だってもったいないんだもん」
お決まりのフレーズを繰り返す。
そうして私はまた最初から怖い話を延々と繰り返すはめになる。
もったいないおばけが、こんなにも母の生き方の中枢にガッチリ喰い込んでいたとはほとほと恐れ入った。
物忘れも進んでいるから、何度言ってもダメなのかもしれないという無力感が増す。
代わる代わる訪問してくれるヘルパーさんや訪看さん、訪問診療の先生も、心配して、口々に注意してくれているのに。
その瞬間は、うんうん、と神妙になる母だけれど、一歩歩くとあっという間にもったいないおばけに取り付かれてしまう。
(かく言う私も、実はもったいないおばけに取り付かれている1人。母を見て育ったんだもの、そうなっちゃうよね。
家に私だけの時は、ほとんどエアコンを使わない。地球環境が崩壊しかかっている今、これって明らかに時代に逆行した負の連鎖。
私の代で断ち切らねば!と思っているし、娘には連鎖してないはずと思ったりするけど、たまに娘の中にもったいないおばけを見つけて、ドキッとする時もある)
こうなったらもうしかたない。
大奮発して、遠隔操作のできる最新型エアコンに買い替えるしかないか。
これさえあれば、いつでもどこでも、私のスマホから実家のエアコンをオンオフできる。
もったいないおばけに見入られている母は、なかなか首を縦に振ってくれそうにないけど…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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