【ドラマ感想】天国と地獄~サイコな2人~
努力家で正義感は強いが失敗の多い刑事と、エリートを鼻にかけない好人物だがその実クールな殺人鬼。逮捕も目前…!というところで突然魂が入れ替わってしまう、スイッチエンターテイメント。
・刑事と殺人鬼
・善と悪
・女と男
・自分ファーストなガサツ系と、他人ファーストの紳士系
・公務とビジネス
望月彩子と日高陽斗。何もかも真逆な二人が入れ替わるおもしろさを、綾瀬はるかと高橋一生が好演。とりわけ、主人公を演じる時間が長い高橋一生に注目。もう中に彩子が「入ってる」としか思えない。
初めはコミカルでテンポのいいミステリーという印象だが、ナッツアレルギーを利用して日高が彩子を殺そうとするシーンで、入れ替わりという設定が単なるおもしろファンタジーではないぞという凄みが加わってくる。その後、入れ替わりの可能性をいち早く疑ってマンションにやってきた八巻が、彩子とインターホン越しに会話するシーンは泣ける。
元に戻ることで正しく潔白な立場を取り戻したいと熱望する彩子だが、第3話で急展開、その希望は粉々に打ち砕かれてしまう。日高から送り付けられてきた動画の、あまりにも猟奇的で凄惨な内容に彩子は膝から崩れ落ち、天国から地獄へと引きずり込まれていくのだった。
ドラマはその後事件の真相解明に向けて、多くの登場人物を巻き込み、最後の最後まで予測のつかない緊張と疾走感が続いていく。
同じ車両に乗り合わせた偶然から始まって、何度も出会い、対峙し、その身をもって否応なく互いを知るようになる彩子と日高。回を追うごとにベートヴェンの「運命」が重厚さを増し、登場人物の苦しみと涙が主題歌の切なさと深く交差していく。そしてタイトルの「天国と地獄」の本当の意味が分かるとき、そこには「愛」と一言では表現できない程の、ドラマティックで運命的な心境が待ち受けている。
あなたは私で、私はあなた…。
女と男、社会と犯罪、家族と運命。ミステリー、サスペンス、サイコホラーな要素も持ちつつ、「天国と地獄」というタイトルの奥に秘められた悲哀と謎解きの面白さで視聴者を魅了する、ただの笑えるエンターテイメントでは終わらない人間ドラマ。
天国と地獄、それは運命だったのか。
・父母の、子供に寄せる切実な思い。
・歩道橋の上で言葉を交わした、幼い日。
・正体を言えないまま、居酒屋で楽しく酌み交わしたお酒。
人生転落した父を支えながら、ギリギリの底辺を這っていた生真面目さの糸がぷつりと切れるとき。15分の差が運命の分かれ道となった天国と地獄、運命共同体として犯罪の道に足を踏み入れるサイコ(狂った)な二人。
あのとき二人で奄美に行けたら違っていたのか。しかし、東はどうあがいても最後まで奄美にはたどり着けない。
新月(東)は日食によって太陽(日高)の姿を奪うことでしか、その輪郭を見出せない。地球(陸)からの微かな光が新月(東)を照らし、頬を伝う涙を黙って見守る。歩道橋の数字を消し、奄美行きに付き添い、心臓マッサージで蘇生を試み、SDカードを拾う。
協力者となることで自ら新月、半月にもなった満月(彩子)は、東を殴りつける。「だったら初めからそんなことすんじゃねえ!」涙ながらに吐き出された渾身の叫びは、日高が決して表に出すことのできない慟哭でもあった。
その愛は、いつから始まったのか。
・何度も胸倉を掴み合い、言葉と感情をぶつけ合う、彩子と日高。
河原は本人らの自覚よりもずっと早くにその濃密な気配を嗅ぎ取り、事件の真相を徹底追及する。刑事として己の信念を貫き、目的のためなら手段を選ばない。その気迫と凄まじい執念は「天敵」の名にふさわしく、最初から最後まで圧倒的な存在感を放ち、彩子と日高を追い詰める。
一方で、河原の猛追は、望月彩子と日高陽斗・日高陽斗と東朔也、それぞれの関係性を傷つけはしない。むしろそれが背景にあってこその全容だと理解したうえで、真相を白日の下に晒そうとする。「この殺人はお兄ちゃんの声じゃないのか」「お前にその声を奪う正義はあるのか」熱く畳みかけるも、彩子を庇って自供を変えない日高を前に、取り調べを譲るセク原の人情味に脱帽。
・歩道橋の上から投げかけた、あなたを知りたいという気持ち。
・「ここだけは壊したくなかったんですけどね」「相当いい体してますね」「毎日鏡の前でうっとりしてます」「一応、人様からお借りしていた体なんで」入れ替わることで否応なく互いの体を知り尽くすことの、官能と愛着、孤独から安らぎ、信頼。
・日高、日高すごいねぇ、と嫉妬を滲ませる陸。「いま私が2人分の人生を生きている相手は…」その気持ちを受け止められない彩子。
・「だからあなただったんですね」から、「捕まるならあなたが良かった」へ。微笑みながら差し出す両手は、もはや告白に近い。
・「好きってことじゃない?」動画が復元されたなかった奇跡。
最終話、それぞれに全力でお互いを助けようとする二人。
私の正義を貫かせてほしいと説得する彩子の静かな熱量、受ける日高の変化。入れ替わりでもしなければ、共感も信頼もありえなかった二人だからこそ、取調室でのやりとりが胸に迫る。逆に言えば、入れ替わりの奇跡がなければ、己を知らないまま、人生を軌道修正することもなかったはずの二人のサイコ(心、魂、精神)であった。
師匠の最後を見届け、事件解決に奔走する彩子を見届け、心を決める陸が切ない。時々やらかしながらも忠犬よろしく活躍する八巻、マイペースなようでナイスな言動をかます鑑識の新田、日高を慕うコ・アースの面々、取調室のやり取りを見守る五十嵐、屋台骨を支える登場人物がみなキャラが立っていて素晴らしい。
「同じ景色にあなただけがいない」三年間を経て、歩道橋で再会した二人の関係性に続きがありそうな終わり方は、「義母と娘のブルース」と似ている。また、直前の日曜劇場だった「危険なビーナス」が主人公の成長物語であり、最大の謎が解けてしまえばスッキリするいわば王道のラブサスペンスであったのに比べ、「天国と地獄」はより残酷で、終わってもそう単純には割り切れない。
根底には社会的弱者を見つめる温かい眼差しがあり、あえて恋愛を見せないロマンスには余韻がある。個人的は、もう一度見たいと思えるドラマの一つだ。
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公式HP:https://www.tbs.co.jp/tengokutojigoku_tbs
番組名:「天国と地獄~サイコな2人~」(全10話)
主題歌:「ただいま」(手嶌葵)
※上記情報は公式HPから引用しています。
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