#8 出来ないから出来るへ変わる瞬間
中学生のとき、吹奏楽部に所属していた。
楽器演奏の経験はなく、もちろん楽譜も読めない。
担当楽器はサックスに決まった。
音出しは一週間ほどで出るようになった。
問題は譜面読みだった。
最初は先輩から曲のリズムを教えてもらって吹いていた。
だけど、毎回先輩つかまえてリズム教えてもらう訳にはいかない。
あと、先輩に楽譜の読み方教えてくださいなんて、聞く勇気がなかった。
ということで、私は独学で譜面読みに挑戦した。
音符の知識は音楽の授業で見につけていたので、
四分音符は一拍だから、メトロノームの振り子が左から右に移動するまでが一拍、など私なりの方法で譜面のリズムを読む練習をした。
メトロノーム買ってほしいと親に頼めなかったので、自分の人差し指を振り子の代わりにして練習してた。
それを見かねた母が、メトロノームを買ってくれた。陰ながら私の様子を見てくれてたことが嬉しかった。
メトロノームがあることで、譜面読みの練習がやり易くなった。
そうとはいえ、このやり方ですぐ楽譜が読める訳でもなく、いざ曲の練習をすると、リズムが取れなかった。
それでも、譜面を読む練習と個人の曲吹き練習を繰り返しやり、全体合奏に参加してた。
知識として頭では理解しているつもりでも、全体合奏の時は、周りの部員達が吹くメロディーにつられて上手く吹けないことも多々あった。
同じようなリズムの繰り返しだと、楽譜を読み間違えて皆と音が合わないこともあった。
でも、続ければ徐々に読めるようになるさ、と思っていた。
そんな生活をして一か月ぐらい経ったある日、
全体合奏に参加してた時だった。
「あ、楽譜読めた!」
急に楽譜が読めるようになったのだ。
言葉で上手く表現できないけど、
ふと良いアイデアが湧いてくる感じに似ている。
でも、それ以上の衝撃を受けた気がする。
この衝撃は20年以上経った今でも身体に残っている。
何の前触れもなく、本当に急だったので、自分自身に驚いた。
語学留学して急に話せるようになる人って、こんな感じなのかと思った。
出来ないから、出来るへ変わった瞬間だった。
出来なかったことが出来るって、こんなに嬉しくて、楽しいんだ。
一気に世界が広がった気がした。
楽譜が読めるようになってからは、演奏がより楽しくなった。
練習もだいぶ上手くいくようになった。
結局、中学三年間、吹奏楽部でサックスを吹き続けることができた。
社会人になってからも数年間サックス演奏をしていたが、練習時間の捻出や練習場所の確保が難しくなり、演奏を諦めた。
だが、楽器演奏はまだ諦めていない。
今度は、ピアノ演奏ができるようになりたい。
昔からピアノを弾けるようになりたいと、頭の片隅で思っていたことと、
キーボードにヘッドホンを付ければ、自宅でも練習できるし、
何より一人で演奏できると思ったからだ。
譜面読みは大丈夫だと思うけど、ピアノの弾き方など、初めての事も多い。
でも、不安より楽しみの方が大きい。
まだ見ぬ新しい世界を見て、感じたい。
今度はどんな世界が広がるのだろう。