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やっかいな「ずるい」という感情

ずるいの裏側には、それをできない(もってない)私がいる。
できない(もってない)は、気持ち的にだったり、物理的にだったり、金銭的にだったり、能力的にだったり、まあ、色々。

そしてそれでも、私が惨めな気持ちにならないように、私を可哀想な人と思わないように、私を正当化するために、私を言い訳するために、ずるいという言葉にすり替える。さらにやっかいなのは、でもずるいなんていう感情、子供みたいで格好悪いとこじらせて、批判したり卑下したり。果てには、そんな自分まで責めてみたり。

そんなややこしい思考回路に疲れ果て、考えたり感じたりすることを拒否するために、人は、暴飲暴食に走ったり、布団の中でひたすら丸くなったり、あるいは、やたらきつい運動に夢中になったり、はたまた暴力行為に出たりするのかなあと思った。

でも、湧き上がった感情を、なんで?と自分に問いただすのはなかなか面倒かつカサブタを引っ掻いてはがすような作業なので、一気にやろうとすると血がでる。でも、慎重に薄いレイヤーをはがすようにやると、だんだん薄くなって、やがては消えていくのかもね。

もうロックダウンが始まって6週間、収入がほぼ無くなって7週間。
今一番イラっとくるのが、このパンデミックで、今のところ経済難に陥っていない人たちのいう「暇すぎる」「やることない」というぼやき。ただのやっかみだというのは百万も承知です。はい。



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