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2023年3月16日6時13分のト書き

現在2023年3月16日木曜日。時刻は午後6時13分。とても晴れた日の夕方で、今日こそは日が暮れても冷えこまないんじゃないかと期待をさせる日中の暖かさだった。

男は37歳の俳優。長身で黒髪、ワークジャケットとデニム、黒いスニーカーを履いている。彼は4人家族の長男で東京の世田谷区で一人暮らしをしている。結婚はしていない。

現在、男は吉祥寺のミスタードーナッツにいる。オールドファッションとチョコレート、それとホットコーヒーを注文し、夜に見る予定のダンス公演が始まるまでに月に一回のエッセイを書き上げるべく、猛烈にキーボードを叩いている。7時20分までに書き上げれば7時半の開演にギリギリ間に合う算段だ。目の前の壁紙には白い煉瓦が描かれておりコンセントはない。つまり限られた時間と限られた電力の中で書き上げなくてはならない。右横には白黒の写真(沢山のドーナッツの中心にコーヒーがあるというもの)が飾られていて、左には透明なパーテーションが立てかけられている。BGMとして二日前に録音した自分のDJミックスを流していたが、何せ自分で選曲してるわけだから、かかる曲がツボすぎて音楽にノってしまい全く捗らない。音楽を消すと誰かの食器を運ぶ音、麺をすする音、ストローで氷をかき回す音、それから後ろの女性二人組の「うちのおばあちゃん、画像は見れるけど動画はみれない」「てか韓国まじ行きたくね」という会話や男性二人組が携帯のゲームに向かって「終わった、はい終わった、はい泣く、マジで泣く」と声を荒げているのが聞こえてくる。そしておそらく誰も聞いていないであろう店内BGMが静かに流れていることにも彼は気づく。ハードロックだ。

男は今朝11時頃に起きて(アラームは9時にセットしていた)、最近はまっている呼吸のワークをし、軽い体操とヨガを30分ほど行い、シャワーを浴びた。シャワーを浴びた後に朝食。お餅とお汁粉、それにおかゆとレトルトのカレーだった。彼はそれを窓際で食べる。世界中のラジオが聴けるアプリでアルゼンチンのラジオ番組を聴きながら。歌手の名前も歌詞の内容も全くわからないタンゴの曲をBGMに食器を洗い、ベランダの植物に水をあげ、着替えを済まして自転車で下北沢に向かった。

下北沢のBONUS TRACKで友人のMと待ち合わせをし、不動産屋で打ち合わせをした。彼とMは東京で、できたら下北沢の辺りでスタジオを開きたいと思っている。目指すのはパン屋のようなスタジオ。「パン屋さんは作ってる過程が見えて、商品が並べられて、お店によってはテラス席があって買ったものをその場で食べることができる。奥で行われているリハーサルやワークショップの様子が少しだけ覗けて、コーヒーが飲めたり作業ができる空間。日常と表現が地続きにあるようなスタジオを作りたい。」そんな青写真を描いて不動屋さんに話を聞きに行った。彼らが不動屋さんに相談をするのは今日が初めてのことだった。担当のOさんと話しながら漠然としたイメージを具体的にすり合わせていった。

1時間半ほどで打ち合わせを終え、男とMはこの数年で大分様変わりした下北沢の駅周辺をぐるりと歩き、喫茶店に入り打ち合わせをした。二人が申請した留学の面接対策について話し、4月に共に行うワークショップについて話し、不動産屋さんで話を聞いた雑感を共有し、具体的にスタジオ経営のモデルを試算した。

ここまで書いて午後7時19分。男は席を立ち、覚めてしまったコーヒーを飲みほす。

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どれだけ言葉を編んでみても、どれだけ掬い上げようとしてみても目の前のことや身の回りのこと、今までのことはこぼれ落ちてしまう。それらを想像で埋めながら演じてみてください。きっとその想像の中にあなたはいます。

二兎社『探り合う人たち』終演直後。10日間の青春でした。

追記:

ちなみにこの日見たダンス公演は岩渕貞太さんの新作『ALIEN MIRROR BALLISM』でした。本当に見れてよかった。ダンサーはみな惑星人。

またどこかで、ありがとうございました。



福原冠の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/me96780b246d6


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note「わたしと演劇とその周辺」
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