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変化する楽しみ

20代の頃の手帳には、いくつもの観劇予定が書き込まれていた。特に演劇を始めたばかりの頃は、色々なものをなんとかして観に行こうと、月に10本以上観ることもあった。観に行っていたのがほとんど小劇場で、学生だとだいたい2千円台だったから、無理くり都合をつけることができたのだろう。さすがにお金も続かないし、そんなペースで観ることは少なかったが、30代の中頃まで、ほんとによく演劇と関わっていたと思う。
ごく単純に演劇が楽しかったし、様々な演技を吸収したいと思っていたし、どんな表現があるのかを知りたかった。観たい作品(演出家、作家)、俳優、あと若干マニアックだけれど、音響、照明、舞台美術等のスタッフワークに楽しみを見つけて足を運んだりもした。素敵だなぁとか気持ち良いなぁとか感じることのできる音や明かり、美術や空間に触れられるのはとても楽しい。それに、劇場を出たときの、何か世界が変わって見える感じが好きだった。

このごろは、ぐっと観劇の機会が減った。年齢とか知識とか、たぶん情熱とかっていう、そういう個人的なことで、今では薄れてきてしまったものが沢山あるように思う。一時期よりはもうワクワクしていない。でも、観に行く機会が減ったのはそういう内側の理由だけでなく、取り巻く環境の変化というのも、実際に大きいように思う。コンテンツにアクセスするコストが限りなく低くなった。家に居ながら、色々なものを観ることができる。中断もできるし、途中で辞めることもできる。例えば1時間弱かけて劇場に行って、3千円ちょっとを支払って、2時間弱を拘束されることに、なかなかの負担を感じるようになってしまった。
それに、小劇場の場合は特にだと思うが、事前情報をほとんど仕入れられないことが多い。行こうか迷っていた作品の、公演が終わってから公開された舞台写真を見て、あぁこんな空間だったら観に行きたかったのに、と思ったりすることもあった。どんな作品か、どんな演技か。どんな取り組みか、どんな人たちか。知りたいし興味を持ちたいし、あるいは、もっと積極的に関わりたいというか、僕はそんなふうなことを思う。ライブの価値が減っているようには思わない。ただ、惹きつけられるような何かを僕は求めている。

ここ数年、感染症予防の観点から、終演後に出演者と会って話すということがなくなった。小劇場では特別に何か理由がなければ、終演後のロビーやどこかで、関係者だけに限らず、観客とキャストとが直接にお喋りしたりできる機会があった。感想をうまく言葉にすることができなかったからだろう、僕はそれがあまり得意ではなかった。知り合いと会っても、どんな顔をして何を話したら良いのだろうという気持ちでもあった。
それが、なくなってみると、存外に残念な気分になっている自分に気がついた。年を経て、観劇後に感想やら近況やら何かを喋るみたいなことが、自分のなかで楽しみになっていたらしい。どちらかと言えば、作品や演技や、演劇体験を楽しみに劇場へ行くことのほうが大きかったから、そういう変化は意外だった。もっと踏み込むと、会うために行く、みたいなことに近くなっているようにも思う。観劇の目的がズレてきている。

去年初めて松本に行った。出演者(知り合い)と会って話すということはできないけれど、演劇祭を始めるというのに興味があったし、何より、秋頃の高原なんて良いだろうと、小旅行気分で行くことを決めた。
劇場は駅から徒歩圏内の街の中心部にあって、松本城も近く、昔ながらの風情のある通りや現代風な街並みとが、アルプスの山々を遠景に可愛らしく収まっている。なんとなくのんびりした様子と人情味のある雰囲気を感じたのだけど、どうだろうか。行ったことのない場所や劇場、初めて観る団体の公演では一段と、客席の空気感も楽しみだったりする。
作品以外のことも、実は作品と地続きなのかもしれない。そうやって自分の勝手にその土地を歩き回るのもなかなか面白い。もちろん観光も楽しい。高台で見渡す景色と、蕎麦と馬刺しと地ビールを堪能して帰路についた。

人の縁と土地の縁がある。東京はごちゃごちゃしているし近すぎるから、僕はそれをあまり感じられないでいるけれど、同じようにあるのだろう。人に会いたいと思ったり、その街を楽しみたいと思ったり。僕にとって明らかに演劇が中心だったのが、そうじゃなくなったらしい。観劇も、日常ではなくなってきたということなのかもしれない。
足を延ばすというのはそれだけで非日常で、特別な体験になりうる。普段は見えないもの、感じられないものに出会う機会になる。演劇も、日常と地続きの非日常で、なんとなくあるそれに、自分をどう置くかで、受け取るものは変わってくるのだろう。
僕はきっと若い頃はそんな演劇体験を一人で反芻するような楽しみを見つけていて、この頃はそれを誰かと分かち合う喜びみたいなものを覚えたような気がする。なんとなく窮屈なここ数年に、お祭り的ななにかを求めているのかもしれない。今年は豊岡に行ってみたいと思う。



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note「わたしと演劇とその周辺」
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