好きな人の顔を思い出せない話
今から16〜7年ほど前の話。
とてもとても大好きな人がいた。
その人とは恋人にはなれなかった。
ただお互いの都合のいい時にメールをし、都合のいい時に会うだけの人だった。
相手はどうかわからないが、私は彼のことがとてもとてもすきだった。
初めて会った瞬間に、「あぁ…好き」と思うくらいには好きだった。
一目惚れだった。
それは顔も、服装も、佇まい…というか、とにかくその全てが自分の好みだった(照)
当時SNSと呼ばれるようなものは普及していなかったが、その前身と呼べるようなものが存在していた。
私達はそれで知り合った。
当時住んでいた場所が一駅先のご近所さんだった。
音楽の趣味が合っていたので、たまに一緒にライブに行ったりとか、ギターを教えてくれるという理由で家に行ったりした。
それがそのうち。
「今日ひま?」
おいで?
みたいな関係になった。
レンタルビデオ屋でホラー映画を借りて彼の部屋で観たりして。
一緒にご飯を食べたりとか。
お酒を飲んだりとか。
ただ二人で過ごす時間は愛おしかった。
そりゃそうだ。
好きな相手と一緒にいられるのだから。
若い男女が一つ屋根の下で過ごすと、時に、そういうことになることもあった。
こちらとしては「好きな相手」である。
拒む理由などあるだろうか。
正味数ヶ月、
彼と過ごしたのは。
私が地元に帰ることになったから。
最後の日、彼は私の住んでいたマンションまで来てくれた。
泣いた。
私は。
そして、彼も泣いた。
と思う。
美化してるかも、当時の記憶を。
ただ確かなのは、ちゃんと抱きしめてもらえた。
おざなりじゃなくて、
ちゃんと、抱きしめてくれた、と思った。
美化してるかもしれないけど。
そんな彼とは、その日から一度だけ会った。
お互いに好きだったバンドの解散ライブ。
彼がそのバンドのメンバーと顔見知りだったこともあり招待してもらったのだ。
その日、ライブで靴を破損した。
彼はそんな私に「俺が新しいの買ってあげるから」と言った。
髪型を変えた私に「似合ってるよ。」と言った。
でも、その日から一度も彼とは会っていない。
靴も買ってもらってない。
私は、
彼の顔も思い出せない。
あんなに大好きだったのに。
どんなに頑張っても思い出せない。
多分街で会ってもお互い気づかないんじゃないだろうか。
好きな人の顔ほど思い出せないのだ、とネットで見た。
理由は、
もう忘れた。
これでいいのだ。
今。
大切な人がいるから。
多分だけど、お互いに、お互いの大切な人がいるはずだから。
いて欲しい。
一人ではなく、大切な人と美味しいご飯でも食べていて欲しい。
好きな人の顔を思い出せない話。