「ホップステップだうん!」 Vol.172
今号の内容
・巻頭写真 「山根耕平さん」 江連麻紀
・続「技法以前」146 向谷地生良 「対話のレッスン」
・ みなさん、10連休はどう過ごされましたか?
・ 「aikoにまつわるオブセッション」 北村徹太郎
・福祉職のための<経営学> 034 向谷地宣明 「新しいアイデア」
・ぱぴぷぺぽ通信 すずきゆうこ 「岡本勝、元気です」
山根耕平さん
2002年、浦河に来たばかりのころに「地球と会社を救うために、襟裳岬からUFOに乗って……」と、宇宙船に乗ろうとして一躍有名になった山根さん。
浦河に来る前は自動車メーカーで働いていました。
「機械は設計した通りに動くけど、浦河の人は頼んだどおりに動いてくれなくて衝撃だった。でも、それがすばらしいと思えた。苦労、幻聴さんを置いといて、目の前の人を大切にできるようになった。」と話してくれました。
幻聴さんに「山根さんのところ行けー」と言われた仲間が、夜中に山根さんの部屋に来ることがあるそうで、仲間用のお布団も用意している山根さん。
現在はべてるでメンバーの送迎の仕事をしていて、夢は情けないAIを作ることだそうです。
(写真/文 江連麻紀)
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今年のべてるまつりの予定をお知らせします。
今後、変更や追加などがあると思いますのでご了承ください。
● 第15回 当事者研究全国交流集会 in 浦河 「ふしぎ発見!研究してみよう いろいろ家族」
7月19日(金)
会場 浦河町総合文化会館
参加費 4500円
午前 基調講演
熊谷晋一郎先生(東大先端研准教授)
細川貂々さん(漫画家、「生きづらいでしたか?: 私の苦労と付き合う当事者研究入門」著者)
お昼休み ポスターセッション
午後 分科会
全体会(各分科会の報告)
交流会(前夜祭)ふれあいホール 参加費5000円
● 第27回 べてるまつり in 浦河 「べてるで育った子供たち 〜それで順調 大丈夫〜」
7月20日(土)
会場 浦河町総合文化会館
参加費 4500円
午前 シンポジウム
べてるで育った子どもたち
お昼休み ウレシパ総会
べてまるしぇ
午後 浦河の一年の活動報告
幻覚&妄想大会
後夜祭 優駿ビレッジ アエル 参加費5000円
その他の企画として「日高アール・ブリュット展」、昨年に引き続き「当事者研究ざんまい」、「うらかわ見学ツアー」などなどが検討されています。
近日、参加申し込みフォームが公開される予定です。
お問い合わせは、べてるの家まで。
Tel. 0146-22-5612
Email. welcome@urakawa-bethel.or.jp
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続「技法以前」146 向谷地生良
「対話のレッスン」
この10月に念願だった「平田オリザ」を札幌に招くことが決まりました。※「演劇」を通じて、「対話」の持つ可能性や意味を実践的に問い続けてきた劇作家、平田オリザ氏を通じて、あらためて体験的に「対話」の持つ可能性を考えてみたいと思ったからです。
「近代演劇は“対話”の構造を要求する」。しかし、「日本語には“対話”の概念がない」というテーマからはじまる「対話のレッスン」(平田オリザ著 講談社学術文庫)には、私たち日本人が根本的に抱えるコミュニケーションの課題とそこからはじまる対話の可能性が綴られています。平田オリザの取り組みで忘れられないのが、学校現場に出かけて行って、生徒と「対話劇」をつくるという試みです。
なぜ、演劇なのか。それは、対話の持つ可能性へのチャレンジを読み取ることができます。
「二一世紀のコミュニケーション(伝達)は、「伝わらない」ということから始まる。・・対話の出発点は、ここにしかない。私とあなたは違うということ。私とあなたは遣う言葉を話しているということ。私は、あなたが分からないということ。私が大事にしていることを、あなたも大事にしてくれているとは限らないということ。そして、それでも私たちは、理解し合える部分を少しずつ増やし、社会のなかで生きていかなければならないということ。そしてさらに、そのことは決して苦痛なことではなく、差異のなかに喜びを見いだす方法も、きっとあるということ。乱れ、揺れ、壊れ、言葉はどんどんと変わっていく。その変わっていくことを恐れてはならないし、否定しても意味がない。美しい言葉、正しい言葉が、あらかじめどこかにあるのではない。それらは言葉の変化のなかで、少しずつ、私たち自身の内側から見つかっていくものだ。まず話し始めよう。そして、自分と他者との差異を見つけよう。差異の発見のなかにのみ、二一世紀の対話が開けていく。差異から来る豊かさの発見のなかにのみ、二一世紀の対話が聞開けていく」(242P)
その対話は、次のような特徴を持っています。
・自分の人生の実感や体験を消去してではなく、むしろそれらを引きずって語り、聞き、判断すること。
・相手との対立を見ないようにする、あるいは避けようとする態度を捨て、むしろ相手との対立を積極的に見つけてゆこうとすること。
・相手と見解が同じか違うかという二分法を避け、相手との些細な『違い』を大切にし、それを『発展』させること。
・自分や相手の意見が途中で変わる可能性に対して、つねに聞かれであること。(251P)
この言葉に触れると、べてるが大事にしてきた「苦労を取り戻す」「問題はあった方がいい」という文化は、「対話」の可能性の模索の歩みだったことがわかります。
この本の最後で、以前、対談したことがある作家の高橋源一郎氏が次のように語っています。
「では、来るべき対話のある社会とは、どんな社会なのだろうか。ここで、『演劇』が、その社会についてのヒントを教えてくれるのである。それは、『西洋の演劇は、遠く二五OO年ほど前、ギリシャの地で誕生した。そのころギリシャには、民主制という新しい政治体制が誕生しつつあった』からだ。『演劇』と『民主制』が、同じ地で、ほぼ同時に生まれたのは偶然ではなかった。そのまったく新しい政治制度では、王や貴族ではなく、その共同体の成員すべてが自分たちでなにごとも決めねばならなかった。だが、そこで、人々は気づいた。ひとりひとりが異なった考えを持っていることに。考えが異なる人々がなにかを決めるためには、異なった考えの相手を説得しなければならない。それも、すべての異なった考えの人々を。なんと気の遠くなるような状況だろう。けれど、それが『民主制』だった。そして、その『異なった考えの相手』を説得するための技術、いや、考え方こそ『対話』だったのである」
日本の社会は、対話よりも「同調」が好まれ、多様性よりも「単一性」を重視する傾向が強まる中で、それに対する反作用のように「対話」の可能性が注目され、危機状態に置かれた人が対話の中で共に回復していく可能性が模索されるようになってきた背景には、「対話の喪失」への危機が背景にあるような気がします。
向谷地生良(むかいやち・いくよし)
1978年から北海道・浦河でソーシャルワーカーとして活動。1984年に佐々木実さんや早坂潔さん等と共にべてるの家の設立に関わった。浦河赤十字病院勤務を経て、現在は北海道医療大学で教鞭もとっている。著書に『技法以前』(医学書院)、ほか多数。新刊『べてるの家から吹く風 増補改訂版』(いのちのことば社)、『増補版 安心して絶望できる人生』(一麦社)が発売中。
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