ロープの基礎知識B(通年・必修)
材質(1)
現代では、ロープの材質は大きく「天然繊維」と「化学繊維」に分けられます。原油から細く丈夫な繊維を作る技術が普及して以降、世の中の需要の大部分は化学繊維ロープが占めるようになりました。しかし化繊ロープの多くはSMと無縁のものです。まさかトラックの荷台に使うロープ、あるいは登山用のザイルで女性を縛ろうという人は、犯罪目的でもない限りいないでしょう。
SMに使われる化繊ロープといえば、手芸用品店で入手できる手芸用の紐がいちぱんポピュラーです。構造も色も多種多彩で、まあファッショナブルとでもいうんでしょうかね。原料はナイロンやポリエステル、ポリプロピレンなどです。
一方の天然繊維ロープでSMに関連するものというと、綿ロープと麻縄が東西の横綱です。綿ロープは文字通り、木綿の繊維を編んだもの。では麻縄も麻の繊維を編んだものかというと、そうとも限らないのですよ。
昔は麻縄といえばマニラ麻、つまりフィリピンを原産とする麻の繊維が原料でした。しかしその後マニラ麻の生産は激減し、現在の日本では「本物のマニラ麻で作られたロープ」は、ほとんど入手不可能です。もしも店頭で「原料・マニラ麻」と記載されていても、その 99% 以上は嘘です。
日本で流通している「麻縄」の多くは、竜舌蘭(りゅうぜつらん)の一種からとれるサイザルという繊維で作られています。サイザルはマニラ麻より色がほんの少し白っぽく、そしてマニラ麻より強度が少し劣りますが、それ以外の性質はほぼ同じです。実はいま日本で麻縄として流通している製品は、サイザルロープをマニラ麻の色に染めたものなのです。だから名称も「マニラ麻縄」ではなく「マニラロープ」といいます。繊維の太さは 1mm 近くあるので、ヤーンを編まずに直接ストランドを編みます。
他に麻縄と呼ばれるものに、ジュートロープがあります。これもジュート麻という麻の繊維だという間違った情報が流れていますが、ジュートは日本名こそ「黄麻」というものの正確には麻ではなく、しなのき科に属するアジア原産の植物から作られます。コーヒー豆を入れる布袋や、カーペットの基布(裏側)などに使われる繊維です。ジュートは木綿ほどではないにせよ、サイザルよりもかなり細い繊維なので、綿ロープと同様にいちどヤーンを編んでからストランドを作ります。
※筆者註:ここで用いている「麻ではない」という表現は、家庭用品品質保証法に基づいています。同法では麻という統一表記ができるのは、ラミーとリネンに限ると明記されています。ラミー(Ramie)はイラクサ科、日本名は苧麻(ちょま)。リネン(Linen)は亜麻科、日本名も亜麻。どちらも衣料用の麻の代表です。本HPにおいては、これ以外のマニラ麻、サイザル麻、大麻(ヘンプ)、黄麻(こうま、原料ジュート)などは、広義に「麻」と呼ばれるが狭義の麻ではない、という解釈をしています。
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図1の左からサイザルロープ、マニラロープ、そしてジュートロープです。左のサイザルと真ん中のマニラは似ていますが、よく見るとサイザルのほうがわずかに白っぽいことがおわかりでしょう。これを染料で染めると真ん中のマニラロープになるわけです。そして右のジュートは他の2種と比べて明らかに、繊維の太さが違いますね。ジュートは繊維が細いのでいちどヤーンを編み、マニラとサイザルは太いので直接ストランドを編む、という構造の違いが写真からも見てとれます。
これらはいまの日本では、すべて「麻縄」と呼ばれています。要するに藁で作るのが荒縄、シュロで作るのが棕櫚縄、木綿で作るのが綿ロープ、それ以外の天然繊維を原料とするロープはすべてひっくるめて「麻縄」、ということなのです。麻縄という製品があるというより、麻縄というジャンルがあると考えるのが自然です。
天然繊維、化学繊維とも膨大な種類があって一概にはいえませんが、大まかな比較をしておきます。
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材質(2)
SMショップなどで「SM用麻縄」と称して販売されているロープの多くは、ジュートロープです。サイザルより繊維が細いので肌にちくちくせず、ケバ落としの手間がいらないこと、柔らかくて操作性に優れていること、などが表向きの理由でしょうけど、実は「利ザヤが高い商品だから」という理由のような気もします。
ジュートもサイザルも、原料になる植物の栽培や生産・加工の手間では、さほどの違いがあるとは思えません。しかし市場流通価格ではジュートのほうがサイザルよりはるかに高く、ハンズでも 1m あたり単価では3倍から4倍、HPの通信販売やSMショップに至っては数十倍もします。つまりジュートロープは元々の単価が高いうえ、「手間暇かけなくてもSMに使える」などの付加価値をつけて価格をつり上げやすい、売る側には実に都合のよい商品なのです。
それはさておき、SMで荒縄や棕櫚縄を使う人はあまりいないでしょうから、SMに使う天然繊維ロープは綿ロープと麻縄に限定できます。同じ天然繊維ロープといっても、両者の性質はかなり大きく異なります。先ほど触れた手芸用の紐も含めて、「SMに使うには望ましいか」という観点で比較してみました。
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この比較結果から、SMに適するロープの順位をつけてみましょう。多くの方は手芸用紐>綿ロープ>麻縄、あるいは綿ロープ>手芸用紐>麻縄、という順番になったのではないでしょうか。でも私のつける順位は違います。
SMに適するロープ
私がいちばんSMに適していると考えるのは、麻縄です。自分が利用するだけでなく他人にも薦めています。特にSMの経験の浅い人であればあるほど、麻縄を積極的に使うよう薦めます。麻縄といえばディープなマニアや職業SM屋の使うもの、初心者とは無縁のものというデファクト・スタンダードがあるこの世の中で、私が敢えて麻縄をベスト1に推す理由は何か。
それは麻縄の持つ「安全性」です。
引っ張れば伸びる手芸用の紐や綿ロープは、たとえば必要以上にきつく縛りすぎたり、あるいはロープや結び目が急所に当たってしまった場合も、縛られた人がもがいて体をよじれば緩和されます。つまり縛る人のスキルが未熟でも、ロープのマージン(許容範囲)によって大事に至らずに済みます。これをもって「安全である」と考える人もいるのは事実です。でも、本当に安全なのでしょうか。伸びるロープは逆にとても危険だ、と私は考えます。
危険である理由の第一として、縛った人の意図と異なる状態を容易に招いてしまうこと。伸びて急所を外れるということは、逆に急所を外していたのに自然に急所に当たってしまうこともあるわけです。あるいは必要充分な強さで縛ったはずが、次第に緩んで外れやすくなる。特に体重のかかる縛り方をしていた場合は、ロープが体から外れて首に絡まったり、落下などの大事故にもつながります。
第二に、結び目がきつく絞まってしまうこと。配慮して縛ったにもかかわらず、縛られた相手が苦痛や痺れを訴えたりして、急いで解かねばならない場合があります。しかし伸びるロープはいちど結び目に力がかかると、固く絞まって容易に解けないのです。輪ゴムを結んでぎゅーっと伸ばして、その結び目を解けといわれても困る、そんな感じですかね。ハサミなどで切ってリリースする心の余裕があればよいのですが、早く解かねばと焦れば焦るほど余裕を失ってしまうのが人間というものです。
そして何より、縛る人のスキルの上達を妨げること。人間は楽をできる道があると、なかなか苦難の道を歩めない生き物です。たとえ人体の急所に精通していなくても、縛る強さにさほど留意しなくても何とかなってしまう環境で、本気で勉強しようと思う人がはたしてどれほどいるか。マニュアル車を運転できる人がオートマ車に乗るのと、オートマ限定免許しか持たない人が乗るのとは、表面上は同じに見えてもまったく状況が違うのです。
人を縛るのに免許はいりませんが、相手が委ねてくる心と体を受け止める最低限のスキルは要求されるし、少なくともスキルを高めようという気持ちがなければスタートラインにも立てないはずです。ロープのマージンに甘えて自らを高めることを怠る姿勢を、私は望ましいものと思えません。
人間の神経・血管・筋肉などのいわゆる急所、膨大にあるそれらのすべてを極めるのは無理だとしても、手首や足首あるいは頻繁にロープをかける部位の急所くらいは、最低でも勉強しておくのが縛る相手への礼儀というものです。縛りにはいつも細心の注意を払うべきで、それを怠ると手足が痺れるだけでなく血行障害や神経の麻痺、機能障害など「長く残る後遺症」を招きかねません。
いちど縛れば緩みも動きもしない麻縄は、きつすぎる縛りも急所に当たる結び目も、そのままストレートに結果に反映させます。縛る者の力量が如実に露呈されます。自分が未熟では相手を幸せにできない。相手を苦しめてしまう。下手すると相手に後遺症を残してしまう。そんなシビアなものだからこそ、真剣にスキルを高めようという気持ちにもなれます。自分の力不足を晒け出すのは誰だって嫌でしょう。私だって好き好んで恥をかきたくはありません。しかし、取り返しのつかない大事故を起こして初めて気付くより、ガードレールにこすった程度で気付くほうが幸せです。
麻縄は自分の思い描くとおりの縛り方を、ホールドし続けてくれます。ずれないし緩まないし、結び目も比較的容易に解けます。もちろん麻縄のケバに拒否反応を示す敏感肌の人、あるいは特定の植物性物質に弱い体質の人もいますから、誰にでも無条件でお薦めできるわけではありませんが、麻縄はディープな人しか使わないものという先入観を取り払って、いちど客観的に検討してみてはいかがでしょうか。