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【第46話】キッシュが冷たくなるまえに

  「とりあえず、ニース風サラダとノンアルビールをもう一本ください」
 ミカさんがオーダーをレシートに書き込んで、「かしこまりました」と言って厨房に入っていった。
 恵ちゃんがランチで持ってきたニース風サラダがやたら美味しそうだったので、今晩はミカエルで食べてやろうと密かに思っていた。恵ちゃんのサラダはツナ缶が入っていたが、こちらはもうちょっと本格的で、鶏レバーのソテーと厚切りのベーコン、クルトンが入っている。卵がポーチドエッグじゃなくゆで卵のはご愛敬で、厨房に人数がかけられないので、そこまでは求められないのは理解している。ポーチドエッグ?ポーチドエッグで何か簡単に作れるメニューってなかったっけ?
 「翔太さん、いらしゃい。この間は家まで送ってもらってどうもありがとうございました。ちょっと飲みすぎてしまって、翌日は若干頭痛気味でした。美穂さんは大丈夫でした?」
 厨房に入っていったミカさんと入れ替わるように、はるかさんが厨房から顔を出して挨拶をしてくれた。新しいノンアルビールを持ってきて、グラスに注いでくれている。今日はいつものボーダーのロンTじゃなくて、白をボタンダウンのシャツと、青いエプロンを身につけている。ボタンダウンのシャツになんとなく違和感を感じたが、いつもの笑顔は変わらないように見える。
 「美穂はね、案の定二日酔いで会社を休んでました。ま、二人であれだけ飲んだら二日酔いにもなるよね。夕方には復活してサンマをがっついてましたがね。あのサンマありがとうございました。あんなに大きく脂が乗ったサンマを見たのはは初めて。塩焼きにして親子三人で美味しくいただきました」
 「美穂さん、車の中でグタっとしてましたからね、ちょっと心配してましたが、やっぱり・・・・。サンマは母の友人からのもらい物で、喜んでいただけたら嬉しいです」
 「家の父が、美女がスクーターでサンマを持ってやってきたと、すごく興奮してそのときの様子を身振り手振りで話してたよ。めっちゃテンション高かくて笑ったわ」
 はるかさんは苦笑いをしながら目を細めて「喜んでいただけたら幸いです。それじゃ急いでサラダを作ります」
 と言って、小走りで厨房に入っていった。
 グラスにノンアルビールを注いで、バッグから手帳を取り出して「ポーチドエッグで何か?」と殴り書きをした。今日これからミカさんと会話をしながら新しいメニューを考えようと思っている。いいアイディアが浮かぶかどうかわからないが、メモのためにカウンターに置いておいて、アイディアが浮かび次第忘れずメモすることにしよう。
 陽が完全に落ちた店内は、一般的な飲食店の店内よりバーに近く、薄暗い。間接照明のオレンジ系の暖かい色の中で、ゴールドの壁の飾り付けの縁取りが鈍く輝いている。この壁の飾り、一旦黒色を塗った上にゴールドの塗料を塗りむらがでるようにわざと粗く塗って、さらにサンドペーパーをかけて黒地が透けてアンティーク調に見えるようにしてある。このモールディングを施したのは実はこの僕自身で、このお店を造るときに、パリ在住経験を買われて内装のアドバイスを求められた。もしも室内の雰囲気を出したいなら、天井を高くして、モールディングを入れるべきだ、あんなの金額的に別に高い物じゃないのに、あればゴージャス度が格段に違ってくる。日本のホームセンターでも実はモールディングはたくさん売っていて、しかも安い。向こうではDIYでやっている人が多いのを知ってたので、僕でも出来るのでやらせてくれと懇願して施工することになった。シナ合板にモールディングを取り付けたサンプルを作り、ちゃんとアンティーク調に塗装もしてのプレゼンの効果があり、業者の見積もりの十分の1の格安価格で請け負って、ミカさん、娘さんの明日香さんに目茶目茶喜ばれた日々が懐かしい。こういう薄暗い照明の中で見る黄金色の美しさは、仏壇の金箔や、お寺の黄金色の仏像に通ずるものがあるなぁと改めて思う。
 
 
 


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