自主的に読書感想文①『正欲』朝井リョウ
(1499字)
note毎日投稿4日目にして、もう辞めてしまいたいけーしゅーです。今回は朝井リョウさんが書かれた小説『正欲』の読書感想文を自主的に書いていきたいと思います。迷惑なぐらい長すぎたので、何編かに分けることにしました。
「脳死で自分が思う正しさを他人に押し付け
て、自分の事を真っ当な人間だと勘違いして
いるうんこちゃん達へ」
フリーター2年 菊池恵舟
言葉は世界を多彩に思考するよう導く一方で、白か黒かの二色として、もしくは世界を一緒くたに内まぜにした一色の混濁色として、思考を停止させようともする。
それは例えば、「正欲」と「性欲」、「多数派」と「少数派」のような二元的な白か黒かの二色として、また、「多様性」のような一元的な混濁色として。
この小説は、一見すると色彩豊かに見えるこれらのモノクロな言葉達を、粘土を手のひらで押し潰すように伸ばし、切り取り、その断面の名もなき本当の色彩を、我々に示して見せてくれる傑作である。
この小説を読み終えて、ふと頭に浮かんだのは、「うちのスカートの丈と学校生活って何の関係があるの?」と、舞踏会の貴婦人ぐらい長い元のスカート丈に戻されて小言を並べていた、中高の頃の女子の姿であった。
あの頃のぼくは女子にモテることしか思考できなかったため、また、セリーグ9番投手の打率ぐらい低い宿題の提出率と、退学寸前の成績と、習慣的な遅刻とで学校に不向きだった自分を肯定するためにも、上のような女子の小言には「そーだそーだ」と同情する他なかった。
いや、本音を言うと、くるぶしが数センチ布で覆われているかどうか、もみあげが数ミリ狩られているかどうか、耳たぶに1ミリ程度の穴が開けられているかどうか、そんなクソどうでもいいことであそこまで子供に怒鳴れる大人と、そんなクソどうでもいいことで自分をアピールしたい生徒の両者に対し、「物好きだなぁ」と感心さえしていた。(そう言いつつ、自分もツーブロックにしてモテようとしていた)
しかし、この本を読めば、きっとどこの学校でも行われていたであろう、あの至極平凡なやり取り達にこそ、人間の気色の悪い矛盾した性質が濃縮されていて、そして、それらを突き詰めて考えていけば、両者共に''明日死なないため''に必死だったのだということに気付かされる。
では、生徒は一体何を、なぜアピールしたかったのか。また、教師は何を伝えたくて、なぜあそこまで感情を高ぶらせていたのか。
そして、そのことと、この本の主題でもある''多数派の人達は皆、明日死なないことを前提に生きている''ということが、どう関係しているのだろうか。順に思考していきたい。
まず、単刀直入に、この本を読んだ上でのぼくの考えを言ってしまえば、生徒は''性欲''を、''少数派''になるためにアピールしており、教師は''正欲''を、生徒を''多数派''に導くため感情を昂ぶらせていたのではないか、ということになる。色付けていこう。
上の考えで肝要なキーワードが二つある。
それは、言わずもがな''性欲''と''正欲''、''多数派''と''少数派''である。
それらの簡単な定義は、
''性欲とは、性的な欲求のこと。
正欲とは、正しいを求める欲求のこと。
多数派とは、属する人が多い方のこと。
少数派とは、属する人が少ない方のこと。''
と、実にシンプルである。
(※''正欲''は、この本のタイトルであり、作者朝井リョウの造語である。)
では、上のキーワードにあげた二つの''欲''は、そもそもどこから生じてきたものなのか、そして、それぞれの欲と人が多い少ないということに何の因果的連関があるのだろうか。
(明日へつづく)
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