「星在る山」#16 死の不協和音
(1497字)
こんばんは。ベストフレンドというお笑いグループでボケをしているけーしゅーです。
本日もぼくの夏休みのお話、秩父版リアルスタンドバイミーの第16話です。
果たしてこの山に星は在るのか。
そろそろクライマックスに突入します。
興味がある方は、1話からどうぞ。
*16
その後もトンネルは2、3本現れた。
さっき通ったものより倍以上長いものもあれば、
僅か10メートルぐらいの短いものもあった。
人の身体というのは良くできていて、一つ体験させてやれば、二つめ、三つめはそれほど苦役には感じなかった。
それを、ありていに''慣れ''と言えば聴こえが良いが、ナナメから言えば''思考停止''に他ならなかった。
思考停止は慣れと引き換えに、''動く''ことを
人から奪う。
この短時間で何度もそれを体現しては、自分の身体ながら、それが非常につまらなかった。
合理的に、効率的に、節約的にと言って、''動こう''としない人の意思は一体何なのだろうか。
単に身体を休めたり、保身したいだけなのだろうか。
いや、人も''動物''であるくせに、あえて''動こう''としないことで、人とその他の''動物''は違うんだと誇示したいようにしか思えない。
5人から、再び笑いが減っていた。
いつかのタイミングから、車に轢かれる心配は一切しなくなっていた。
ぼくらの他には、この空間に''人''がいるはずなんかないと直感が言うからだ。
谷の向こうに、夜景とは言い難い人間の明かりが少しだけ見えた。
その明かりを見て安堵してしまった自分に気がつくと、やはり腐ってもあっちがホームなんだな、と思った。
さっきから、そんな意識の通っていない些末な思考が勝手に浮かんでは、消え、足だけが前へ前へと進んでゆき、まるで5人で集団幻想にでもあっているかのような夢見心地な気分に襲われて、今日という一日さえ現実なのか分からないほど意識が朦朧としてきた時、この山では決して聴こえるはずのない''音''が唐突に鼓膜に触れてきて、意識が引っ叩かれたかのように、はっきりと現実に戻された。
それは、古いラジオの音だった。
ザザッザーーという砂嵐がかった無機質な人工音の隙間から、沢山の人の会話の音が重なって聞こえてきた。
音量はなかなかでかい。
その音の複雑さから媒体は一つだけではなく、複数あることも瞬時に伺える。
それでも馬鹿になった足は、止まることなく音に近づいていき、正体を突き詰めようとした。
''足''は、山側の方の道に、謎の柱が幾つも並立して設置されていることに気がついた。
その柱の一つ一つにスピーカーのようなものが取り付けられていて、それらの柱の付近には''熊出没注意''というどでかい看板も併設されていた。
どうやらこの不協和音の正体は、熊よけのためのラジオの音であるしく、それは皮肉なことに、人間さえも近づけようとしないような、不快極まりない''音楽''に仕上がっていた。
一つのスピーカーから聞こえてくる知らない女や男の声々は、会話になる前に割れ避け、砂嵐に掻き消され、それがさらに、複数のスピーカーから流れ出る別のラジオの音と混ざり合って、一つの意味を持たないノイズの塊となり、闇夜の山の中に延々と響きわたっている。
不運なことに、ぼく達はこの道を通らなければ、''先''へと進むことができないようだった。
あーあ、今頃自宅でユークリッドの互助法だとか、ウラシルだとかチミンだとか、シャクシャインの戦いだとか、no matter whatだとかを徹夜で呑気に頭に詰め込んでいるような夏休みだったらなぁ。
愚かな足は、何も気にせず砂嵐の舞う闇の中へ向かっていった。
(つづく)
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