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「星在る山」#13 緊張の緩和

(851字)
こんばんは。ベストフレンドというお笑いグループでボケをしているけーしゅーです。
今回も前回に引き続き、秩父版スタンドバイミー第13話です。男達が死にかけて、何かに出逢います。ぜひ、一話からどうぞ。



*13

「ん.....?鹿じゃね?」
「うわおれ今マジで死を覚悟したわ!
 ほんとに終わったと思った...」
「マジで死んだかと思った!光る目見た瞬間
 冷や汗めっちゃでてきたわ」
「鹿もでかいぞ。あれ?何かいっぱいいね?」
「本当だ」

大きな鹿が1匹、山側の道から、ぼくらをじろっと見た後すぐに、川の音のする谷側の方へ、ガードレールを飛び越えて下っていく。
そして、その後を追うように、ぞろぞろと2〜3匹のちっちゃな鹿が現れ、谷の向こうの闇へ、皆揃って消えていった。


「かわいぃなぁ…」
「良く''かわいいなぁ''にいけるね。おれ達死を
 免れたばっかだぞ」
「つか、あいつら凄いな。ここ下ってったぞ」
「ね、川に水飲みに行ったのかな」
「だから、よくもう''鹿のポテンシャル''いける
 ね。熊じゃなくて良かったね、命拾いしたね、
 なんならこの後も危険だね、の段階だから。
 かわいいとか鹿褒めてる場合じゃないよ」


確かに、あの鹿の親子がそのまま全て熊だったら、ぼく達の命はどうなっていたか分からない。
だが、逆の立場になって考えると、ぼくたちがただの高校生ではなく銃を持った猟師だったら、鹿の親子は、熊だと認識される前に撃たれて殺されていたかもしれない。
そういう意味で、あの一瞬の出逢いは、お互いに命がけで、お互いに幸運だったとしか言う他ない、命と命の対峙だった。

だからこそ、すぐさま鹿を褒め、笑いに変えることで、壊れるぐらい稼働する心臓と脈を落ち着ける必要があった。
そうか。笑いって本質的には、さっきの恋バナのように、緊張状態を緩和する薬のようなものなのか。ごまかすとか、とぼけるとか、ふざけるとか、そうやって''緊張''を笑いにすることで、人間は前に進むということを肯定してきたんだな。
''笑いとは緊張の緩和である''という言葉に、再び勝手な思いを馳せた。
(つづく)


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