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「星在る山」#17 星も僕も在る


(4385字)
こんばんは。ベストフレンドというお笑いグループでボケをしているけーしゅーです。
投稿がだいぶ久々になってしまいましたが、今回はいよいよクライマックスです。
秩父の星空の景色、あの頃感じてたこと、
男の生産性のない会話、ぼくの夏休みの思い出を4385字の暴力的な長文章でお送りしていくので、ぜひ6日ぐらいかけてゆっくりと最後まで読んで下さい。
もう1話から見なくても、なんとなく分かると思います。
それでは、どーぞ。


*17


「今のって、現実の出来事だよな?」
悪魔のようなラジオ音もやっとなくなり元の暗闇だけの道に戻った時、久しぶりに皆に話しかけた。
「相当怖かったな」
「今のはさすがに不気味過ぎた」
「だよな!みんな何も話さないから
 おれだけに聴こえてたのかと思ったわ」


話す体力がないのか、話したくないのかは分からないが、いずれにせよ久しぶりに意識が通った会話が生まれたことに安堵した。
この''体験''が自分だけの妄想ではなく、現実の世界で皆で一緒に味わっているものだと再認識できたから、ホッとしたのかもしれない。


「おい!!上見てみ!ヤバくない?」
「え、ホントだ!?すげーーー!!!」


筋トレ男とサイコパス男が、我慢できず上を見上げて絶叫していた。
皆の新鮮なリアクションを見ると、今までずっと空を見上げるのを我慢していたんだということが伝わってきた。
2時間ぐらい前にした「次の休憩場所まで星を見るの禁止」という約束を忠実に守っていたのだろう。
やっぱり皆は真面目だ。
かたや、不真面目な自分はと言うと、その約束の言い出しっぺであったにも関わらず、実はさっきから何度も何度もこっそりと夜空をカンニングしては、一人ひっそりと感動していた。
だから、だいたい夜空の様子がどの程度なのか自分には予想が付いていた、、、はずだったのだが、ふと上を見上げると、そこから見えた夜空は、明らかに今までの''空''とは違っていた。




すげーーー...




暫く止まることを忘れていた足がようやく止まった。




「なんかあそこに良い感じの場所あるぞ!」
「ホントだ。あそこで、休憩する?」
「ちょうどおれらのための場所みたいな
 所あんじゃん」
「本当だ。めちゃくちゃちょうど良い」
「やっとだーーーー」



谷側の道の方に、少し隆起して丘のようになっている場所があったので、そこの草原に5人は腰を下ろした。
そこはプチトヨタ2台分ぐらいのスペースしかないが、周りに木々は少なく、物理的に位置が高く視界が開けていたから空を見るにはもってこいの休憩場所だった。
足を止めて休むのは、実に山の入り口ぶりなので、ふくらはぎは疲労でパンパンになっていた。
5人はそれぞれのリュックを枕にして、倒れるように草原に寝転り、一斉に夜空を見上げた。




それは、まさに''圧巻の光景''だった。
星とは呼べない小さな煌めき達が、空に黒い空白ができないようにと、隅々まで果てしなく敷き詰められていて、その上に、微かだけど懸命に光りを放つ星々が無数に散りばめられ、さらにその星々の間々に、うるさいぐらい光り輝く星々が圧倒的な存在感を放ち、山の夜の''空''を360°賑やかにさせていた。




うわーーヤバーー....

すげーなーー....

キレイだねーー....

これはすごいね....

エグいなぁーマジかーー....



星空に向かって発せられた五つの言葉は、音も間も違うが、言いたいことは同じだった。
この''星空''にはきっと、どんな美辞麗句を並べ立てても足りないし、そんなことをすること自体が野暮だと思う。
だけど、何かしら言いたくなった。
この''星空''は、美しい。
そんな分かりきったことを、或いはそれ以上のことを、この圧倒的な光景に向かって何か言わなければ落ち着かなかった。




「月沈んでるとやっぱ違うね!」
「こんなキレイな星おれ見たことねーわ!」
「おれも人生イチだわ」
「うわ、真夏の大三角形でっか!」
「おっぱいみたいに言うなよ」
「別に言ってないけど」
「サイコーーだなーー...」
「なーーーー」



べコンベコンに痩せたTHE NORTH FACEのリュックの上で寝返りを打つと、地面の土と草の匂いが優しく鼻を突いた。
高低様々なリズムで鳴く夏の虫の音と、一定のリズムで鳴る自分の心臓の音だけがBGMとして、ずっと鼓膜を揺らしている。
半袖短パンだけど、地面は程よい冷たさで気もちが良い。
星が流れた。
願い事なんて忘れて、ただただ目で追った。



「あ、流れた!」
「嘘どこ?」
「いやさっきから余裕で流れまくってる」
「マジ?おれまだ一発も見てねーわ」
「おれもう13発は見てるぞ」
「それはさすがに嘘だろ」




他の人間がもう眠る中、自分たちだけがこの光の輝きに立ち会えていると思うと、まるで自分たちを中心に世界が回っているかのような特別な気分になった。
それは、バスケ部の朝練のため朝早く起きて学校に向かうけど、最寄駅の駐輪場の屋上から見える富士山が美しすぎて暫く見ていた時に感じた感覚とほとんど同じだった。
結局、朝練どころか1時間目にも遅刻して先生に怒られるのだけど、それよりもあの''美しさ''を知っていることの方が自分には遥かに重要だった。
確かに、「富士山が綺麗だったから見てました」と言うと、何故か皆が笑ってくれたのが嬉しかったのもあるけれど、それはあくまで副産物的な笑いで、自分はいたって真剣だった。
どうしてこんなに美しいものを見ようともせず、皆は遅刻せず学校に行けるのだろうと、いつも皆の心の内を疑っていた。
だけどこの夏、「普通」とは全く別の種々の山々を登ってみて、そんな疑問にもだんだんと整理がついてきた気がする。
どうやら人間には、ただ生きるのとは他に、常に目の前に''やるべきこと''があるらしい。
そして、その''やるべきこと''をちゃんとやるということが、「普通」の正体(異名)で、人間の世界(月並みに言う社会)を生きるということは、「普通」をこなすということで、「普通」から外れて、例えば富士山を見るといった行動は、まもなく非行、奇行、愚行のいずれかに見做され、嘲笑され、叱責され、疎外される。
「普通」が上手ければ家族や先生は手放しで喜び安心し、「普通」が下手だと家族や先生は脊髄反射で悲しみ心配するようにできている。
自分は皆を笑わせていたんじゃない、笑われていたんだ。
これがこの夏、痛い程良く理解できたことの一つで、自分の中の''答え''だった。





「牛乳道までしっかり見えるな」
「ミルキーウェイね」
「てかあれ、火星じゃね?」
「今年は接近してるらしいから、たぶんそう
 だね!」
「なんかちゃんと赤いね」
「地球も今頃青いねって言われてるよ」





自分はずっとその「普通」圧力から反発したかっただけだった。
何か聡明な動機があるのではなく、反抗期の衝動のようなものに近いと思う。
自分が「普通」をこなせる性質や才能を持ち合わせていないことにあぐらをかいて、それよりも、もっと奥深い所で「普通」じゃない別の何かを一丁前にずっと求めていた。
だから、学校に行くのも、宿題も、部活も、恋愛も、受験勉強もやる気が起きなかったし、やらなかったし、やれなかった。
それらは、「普通」で、ちっとも面白くないからだ。
だからと言って、虚無感に襲われることはなく、反社会的なことをする勇気も出ず、お調子者になるしかなかった。
その結果、自分はいつのまにか異類(ピエロ)となり、笑われていた。
ずっと笑わせていると勘違いして、笑われていた。
それに気づいてからも、自分は笑いのためならいくらでも「普通」から外れられると過信していた。
そうやって、愚直に不器用に笑いのために青春を過ごした対価として、皆が知らない面白いこと、美しいことを沢山知った気になって、特別な気分を味わえたけど、その代償として、ちゃんと疎外感や生きづらさを感じるようになった。
''星''を見るために歩いて来たつもりが、気がつくと''先''が不安でしょうがなくなっていた。
何も考えずただ生きることが、いつからこんなに難しくなったんだろう。





「てか、後ろの方もヤバいな!」
「ほんとだ!プラネタリウムだ!」
「自然を人工物で言うのやめようよ」
「別に良いじゃん」
「そうゆうお前も自然の一部だからな」
「確かに。人間と自然を切り離して良い気に
 なるなよ」
「お前ら友達いないだろ」





後方の星空を見るため、枕の位置を変えた。
こちらの側の空は、地元の夜空では出逢えないような星座が沢山見えた。
もう一つの星空の下でも、相変わらず5人はあーだこーだ言いながら、星空を眺めた。
そういえばさっきまで何度も引き返したいと思ってたとか、早く夜が明けて明日になれば良いと思ってたとか、皆喋らなすぎるからこの出来事は現実じゃなくて夢だと思ってたとか、そんな数時間前の出来事を、まるで打ち上げの2軒目かのように、勢いよくだべりながら眺めた。
筋トレ男が持ってきた100円の食パンは、疲弊し切った身体中に染み渡る香りと甘さで、今年食った何よりも美味かった。
ふくらはぎでは、筋肉痛が予定を大幅に上回るアーリーチェックインをしてきたせいで、清掃のおばちゃんがドタバタと慌てているかのように痙攣が始まった。
夏の終わりかけの夜風が心地良い。
星が、今度は永く流れた。
流れ星は笑いに似ている。
この眩しい程の光の輝きは一瞬だけど、この一瞬の光は自分にとって永遠の光になるだろうと信じている。





「食パンうんまっ!!」
「それな!食パンがうますぎる」
「なんか、甘いよな」
「この場所で食べるからだろうね」
「今長くなかった?4秒ぐらい流れたよな!」
「見た見た。2秒ぐらいな」
「じゃあお前が見たのと違うわ、4秒だった
 もん」
「いや、4秒はねぇよ。4秒って、1、2、3、4
 だぞ。流れるって言わねーだろそれ」
「おれ見たの13秒だったぞ」
「それ飛行機ね」





その後も5人は、意味のない会話をしながら星を眺め続けた。
星々がだんだんと山の中に沈み始める。
この刹那とも永遠とも思える幻のように美しい夜も、まもなく明けようとしている。
その明かりの訪れは、ぼく達が「普通」というサイクルの中に再び組み込まれていく合図だ。
明日からぼく達はまた、''先''を気にして足を前に進めていかなればならない。
あの星のように、ただそこに''在る''ことは決して許されないし、もし仮に許されたとしても、それはそれで手持ち無沙汰で仕方がない。
ただ''在る''ことを許されているはずの星が、サボらず光り続けるているのも、きっと上空の世界が暇で仕方ないからだろう。
いつか消えて無くなるはずなのに、最後の最後まで、あそこで星はただ光り続けるのだろうか。
そう考えると、星は星で大変そうだ。
だったら自分はこれからどう生きようか。
その夜、皆で見た星の輝きは、18才の自分の感情そのもののような気がした。

                 (つづく)

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