「星在る山」#19 いつもの風景
(1836字)
こんばんは。ベストフレンドというお笑いグループでボケをしているけーしゅーです。
男5人で星を見に行く話を書いてました。
次回で、この日記でもエッセイでもルポルタージュでも何でもない文字通りの散文も最終回です。
それでは、続きをどうぞ。
*19
フライパンに垂らされたオリーブオイルが、音と香りを放ち弾け出すと、そこに雑に放り出されたツナが音だけを消し去り、暫く無秩序に広げられた。
一体化したツナとオリーブオイルの薫香が宙に充満し、再びフライパンに耳触りのいい音が戻ると、無神経に勢いよく流されたトマトの赤い波が全てを覆い消した。
「こいつ最初から遭難する気満々じゃん」
「何がだよ」
「だってこれ練馬から全部背負ってたんで
しょ?」
「うん」
「靴より持って来なきゃだめだった?」
「そうね、一応、非常食いるかなと思って」
「いや通常食なのよ。通常イタリアンだから」
「いつのタイミングで食う算段だったの?」
「うーん、でもまぁ、朝かな」
「じゃあ遭難する気あったんじゃねぇかよ」
「まぁ、21:30現地集合だから帰れないかな
ってのはみんな了承済みだと思ってた」
「その日に帰る気満々だったわ。つか、
だからってパスタセット丸々一式背負って
来るかね」
「じゃあお前いらない?」
「いるいるいるいるぅぅ〜」
既に茹でられていた麺が赤一面のフライパンの上に投入された。
乱雑に混ぜられ、麺の黄色が全て赤に染まらない内に、男は完成と言った。
「食っていいよ」
「美味そう!いただきまーす」
「いただきまーす!」
「いただきます」
「いただきまーーす」
男達は、神社を出てすぐにある駐車場に移動していた。
神社の中で''トマトパスタ''を作り食らうのは、流石にバチが当たりそうな気がしたからだ。
駐車場に向かう途中、やっと下り坂を下っている自分達に気がつくと、安心したと同時に、完全にこの旅が''終わり始めている''ということを意識し、寂しくなった。
人工の階段を降り、人工の鳥居をくぐり、眼前に現れた人工の駐車場。
その境い目で、世界が大きく違うような気がした。
駐車場に足を一歩踏み入れる。
初めから分かりきっていたことだが、やはりぼく達は、''安心安全''だけが取り柄の世界に引き戻されてしまうようだ。
そしてこれからも、その世界の居心地の良さを当たり前かのように享受して、あらゆる時間のあらゆる出来事を当たり前かのようにこなして生きるのだろう。
まるで全てのことが必然で当然であるかのような、目の前のそれ以外何にも気づいていないような''顔''を浮かべながら。
時刻は7時を過ぎていた。
先程まで星々が在ったとは感じさせないほど、空はもういつもの''空''だった。
だけど、その空の下で皆で食べたパスタは、格別に美味かった。
バスが来た。
バスが来るまで駐車場でリュックを枕にして、1時間ぐらい寝て過ごした。
というより、食い終わってから、携帯のアラーム音が鳴り響き目が覚めるまでの記憶が無かった。
死ぬように眠るとは、こういうことなのだと思う。
バスの中では逆に一切眠れなかった。
それは自分だけではなく全員そうみたいだった。
異様な疲労は1時間アスファルトの上で寝ただけで、ほとんど回復していた。
仕方ないから、誰かが持ってきたシステム英単語のミニマルフレーズで、英単語クイズを出し合って過ごした。
やはりこの中の少なくとも3人は、狂っても受験生なのだ。
こういう所で生真面目に受験生が出てしまう感じが、ぼく等の高校の生徒らしくて面白かった。
だからぼくも受験生を演じ、クイズに参加した。
筋トレ男は、何も答えずに窓の外を見ていた。
それがなんだか格好よく見えたが、ひょっとすると何も分からないだけかもしれない。
単語クイズの答えに一喜一憂し、空は明るく青い。
それはもう、いつもの光景だった。
ぼく達は無事山を登り切り、暗闇の中で様々な生命と、この上なく美しい星空に出逢った。
朝になってしまったが、タクシーのおっちゃんが言ってた''天竺''(三峰神社)にも無事辿り着くことができた。
これで完全に、現実のようで嘘のような、長いようで短いような''登山''が終わってしまった。
窓の奥の景色が''日常''に近くなるに連れ、先程までの出来事が勢いよく思い出に変わろうとしている。
いつもの景色の中をいつものバスに揺られ、ぼく達は約12時間ぶりに西武秩父駅に帰還したのだった。
(次回、最終回へ続く)
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