クイックに理解する「貸倒損失の重み」
我々は以前、営業部門における与信管理体制の構築に携わった経験があります。与信管理とは、取引先に対する信用取引の上限額を適切に設定し、確実な債権回収を実現するための包括的なプロセスです。具体的には、「どの企業に」「いくらまで」信用を供与するか、そして「いかに効率的に回収するか」という三つの要素を統合的に管理することを指します。
特にBtoB取引において、債権管理は企業の財務健全性を左右する重要な要素となります。この点に関して、多くのビジネス書で興味深い指摘がなされています:
この一見衝撃的な数字の背景には、企業の利益構造に関する重要な示唆が隠されています。確かに、業種や企業によって利益率は異なりますが、貸倒れ損失を取り戻すために必要な売上高が著しく大きくなるという本質は変わりません。
実務の現場では、このインパクトの大きさについて、営業部門と経理・財務部門の間で認識の差が生じがちです。多くの企業で財務部門が営業担当者の与信管理に対する理解促進に苦心されている現状があります。
そこで、なぜ貸倒れの補填に途方もない売上が必要となるのか、そのメカニズムを図表を用いて具体的に解説させていただきます。この説明を通じて、与信管理の重要性について、組織全体での共通認識を深める一助となれば幸いです。
貸倒れ損失の補填具体例
具体的な数値例を用いて、貸倒れが企業収益に与える影響と、その回復に必要な取引規模を説明いたします。
【取引条件】
販売価格:100万円
仕入価格:75万円
営業費用:95万円(仕入代金、人件費等を含む)
利益率:5%(利益額:5万円)
通常取引の場合、100万円の売上に対して95万円の営業費用が発生し、5万円の利益が計上されます。
仕入代金等の支払いで95万円のキャッシュアウトが発生しますが、商品の売上に伴い、発生原価と利益を合わせた100万円のキャッシュ印が発生します。
しかし、この取引で売掛金が回収不能となった場合、以下のような状況に陥ります:
【貸倒れ発生時の影響】
1. 売上代金100万円が回収不能
2. 営業費用95万円は既に支払済
3. 結果として95万円の損失が確定
代金が回収されないものの、営業活動で発生した取引(仕入れや人件費等)については支払いが発生しますので、営業費用分が丸々損失となります。
会社としては、少しでも債権回収ができるように尽力しますが、一方で、他の取引でできる限りこの損失を穴埋めすべく、営業マンにハッパをかけます。では、どれくらいの売上取引があれば、この損失を補填できるのでしょうか?この損失を新規取引による利益で補填するケースを考えてみましょう。
【損失補填に必要な取引数の算出】
1. 取引あたりの利益:5万円
2. 補填すべき損失額:95万円
3. 必要取引数:95万円 ÷ 5万円 = 19取引
つまり、たった1件の貸倒れによる損失を取り戻すために、同規模の取引を19件も成立させる必要があります。これは、当初の貸倒れ取引の売上額(100万円)の19倍、すなわち1,900万円の売上が必要ということを意味します。
このシミュレーションが示すように、一度発生した貸倒れ損失の回復には、想像以上の営業努力と取引規模が必要となります。この事実は、与信管理の重要性を如実に物語っているといえるでしょう。
貸倒れ損失の利益率との相関関係
前述の例では営業利益率を5%と設定しましたが、現代のビジネス環境、特に薄利多売型のビジネスモデルでは、利益率が2%を下回るケースも珍しくありません。この利益率の違いが、貸倒れ損失を補填するために必要な売上高に劇的な影響を与えることを、以下で検証してみましょう。
【利益率2%のケースにおける必要売上高の算出】
利益率2%の場合、95万円の損失を補填するために必要な売上高(α)は:
α × 2% = 95万円
α = 95万円 ÷ 2%
∴ α = 4,750万円
つまり、元の取引額(100万円)の47.5倍もの売上が必要となります。これは、冒頭で触れたビジネス書における「100~200倍の取引が必要」という指摘の理論的根拠となっています。
なお、仮に営業利益率5%のケースで必要となる1,900万円の売上を達成したとしても、その利益は全額が損失補填に充当されるため、実質的な利益の蓄積にはつながりません。言い換えれば、この売上規模でようやく損益分岐点に到達するという厳しい現実があります。
業績評価指標の変遷と課題
近年、企業の営業部門評価において、以下のような変化が見られます:
▪️従来型の評価指標:
・販売額
・売上額
・出荷高
▪️進化した評価指標:
・営業利益(売上高-営業費用)
・債権回収率
しかしながら、特に中小企業においては、依然として「売上高」(どれだけ売ったか)を重視する傾向が強く見られます。この評価体系には以下のようなリスクが内在します:
営業担当者が「売上至上主義」に陥りやすい
債権回収に対する当事者意識の希薄化
回収リスクの高い取引先への安易な与信供与
債権管理意識の全社的アプローチの必要性
債権管理は、単に経理・財務部門のみの責務ではありません。その影響の大きさを考慮すると、以下の要素を含む全社的な取り組みが不可欠です:
営業部門の与信管理への積極的な参画
適切な業績評価指標の設定
部門間での密接な情報共有
経営層による明確な方針の提示
このように、債権管理は企業の収益性と持続可能性に直結する重要な経営課題として、組織全体で取り組むべき優先度の高いテーマといえるでしょう。
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